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寅さんの風景-マイ・バック・ページ(8)

図52 河原宿背戸川に沿う蔵通りの町並み


(2)過去への旅路
 1987年の論文で上方往来河原宿の町並み保全度を示した(図12)。当時、上方往来沿いには大型の和風住宅が3軒残っていたが、今は1棟のみで無住化しており、中小の町家・しもたやの類もかなり撤去・改築され、町並みの質はあきらかに劣化した。「寅次郎の告白」時代の面影を残すのは新茶屋と森下医院以北など限られている。一方、裏通りにあたる背戸川沿いは「蔵通り」と呼ぶべき風情をよくとどめている(図52)。因幡の蔵通りとしてまっ先に思い浮かぶのは若桜駅前の小路だが、妻入土蔵が軒を連ねる若桜に対して、河原は平入の土蔵群になっている。上方往来の宿場、用瀬の背戸川沿いにも土蔵が群集するけれども、すでに空地化が目立ち、河原ほどの連続性を感じない。河原の場合、背戸川は大井出から取水し、千代川へ水を流し込む江戸期開削の用水路であり、近代以降は複数の料亭が背戸川沿いに店を構えており、「御茶屋」の風情を伝えている点も軽視できない。こうした歴史性を景観として保存しているのが背戸川沿いの河原の土蔵群であり、若桜に比肩する県東部有数の町並みだと町民には自覚していただきたい。
 「寅次郎の告白」でも終盤のほんの一瞬、背戸川の洗い場があらわれる。アユの選別と野菜洗いの風景である。たしかに子どものころ、千代川の鮎は背戸川まで遡上してきて、それを手づかみで捕えるのを楽しみにしていた。洗い場での再現撮影にももちろん取り組んだ(図53)。ただし、登場人物はおかしな格好をしている。石橋の上にしゃがみこむ人物は、どういうわけかベトナムの椰子葉編み帽子をかぶっている。なぜベトナムの円錐帽かといえば、たまたま研究室から持ち出しただけなのだが、現場で配役を決めるにあたり、順番で女子学生があたってしまい、その性別を曖昧にするため帽子を活用したのである。


図55《再現》背戸川の洗い場 図53《再現》背戸川の洗い場


 この周辺には同じような洗い場がいくつも点在している。どの家も屋敷の裏木戸(背戸)をあければ石造りの洗い場と小橋があった。少し北にあがると、自分の住んでいた家の洗い場が昔と同じ姿であらわれる(図54)。すでに売却した家なので、中に入ることは叶わないけれども、こうして背戸川の対面から眺めるだけで感慨深い。アルバムを探すと、河原の町に引っ越してきた直後と思しき洗い場の写真を発見した。少し成長してからは、千代川で鮎やシラハエ(オイカワ)を釣った後、この洗い場でさばいてから煮たり焼いたりしたし、我が子の幼少期には背戸川でメダカやドジョウを掬って遊んだことを思い出す。
 こうして「寅次郎の告白」という映画に導かれながら再現撮影を繰り返していると、自分の過去に突き当たる。ニール・ヤング風に言えば「過去への旅路」(1972)であり、ボブ・ディラン風に言えば「マイ・バック・ページ」(1964)だと感じ入り、沈思黙考。しかし、昔を懐かしんで考えあぐねたところで、何かが変わるわけでもなかろう。ディランはくりかえし歌いかける-あのころの俺はとても老けていて、今の自分はあのころより若いのさ。


図56 背戸川の洗い場(A家)-1 図54 背戸川の洗い場(A家)



図56 霊石山と千代川・出会橋の風景 図55 霊石山と千代川・出会橋の風景(現在)

図40《再現》出会い橋のたもとを越えて鳥取市街地へ向かう日の丸バス 図40《再現》出会橋の袂を越えて鳥取市街地へ向かう日の丸バス


(2)川の流れをみつめて
 マイ・バック・ページという個人史的立場から、いま一度出会橋に言及しておきたい(図55・56)。ここでまた古いアルバムをめくってみた。図57は台風洪水時の写真である。台風の翌日、母親に背負われて溢れんばかりの濁流をみた記憶がある。橋は中央だけコンクリートになっているが、両端は木造のまま。図58の運動会の写真に映る出会橋も同じ構造をしている。図56に映る鉄骨構造になったのは、たしか昭和40年代であり、竣工祭の餅撒きに参加した記憶がある。


図57 台風洪水時の出会橋(昭和30年代前半) 図57 台風洪水時の出会橋(昭和30年代前半)

図58 千代川河川敷での運動会(昭和30年代) 図58 千代川河川敷での運動会(同上)


 出会橋には本当によく通った。鮎のシーズンに橋脚のまわりは最高の釣り場であったし、河川敷ではよく野球をした。それ以上にともかく、やることがなければいつでも橋や河川敷に行ってうろうろしていた。こちらもディランを例にとるならば、「川の流れをみつめて」(1971)というR&B風の名曲が思い浮かぶ。その歌詞はといえば、「土手に腰をおろして、ただ川の流れをみつめてる」のリフであり、まるで『方丈記』書き出しのようにも聞こえるが、まさに江戸川の土手に寝転んで川の流れを傍観する寅さんを彷彿とさせる。同じようなことを自分も千代川の土手や出会橋でずっとやっていた。川の流れは人間の気持ちを浄化させる。映画においては、物語の大きな転換点の舞台となり、寅さんの場合、その多くは失恋の前兆を匂わせる。
 ディランの名曲と同等に扱うのは如何なものか、とお叱りを頂戴するかもしれないが、3年ばかり前(2017)、森高千里に「渡良瀬橋」(1993)というヒット曲があることを知った。この流行歌を初めて聴いた時、自分にとっての出会橋と重なりあってしまい、以後、スナックのママさんにしばしばリクエストして歌ってもらったが、そのスナックも今はない。著作権に触れるリスクを怖れつつ歌詞の一部を引用させていただく。【続】

   こないだ 渡良瀬川の河原におりて、ずっと流れみてたわ・・・(略)
   あなたが好きだと言ったこの街並みが今日も暮れてゆきます。
   広い空と遠くの山々 二人で歩いた街 夕日がきれいな街


図59 城山から俯瞰した河原宿・千代川・霊石山-1 図59 城山から俯瞰した河原宿・千代川・霊石山
  

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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