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近代化遺産を往く-秋田紀行(2)

0825両関00古写真01茅葺01 0825両関00ポスター01
(左)図6 明治の両関本館 (右)両関ポスター(昭和)


2.発酵の未来

(1)東北の灘-湯沢の蔵元を訪ねて
 秋田県下随一の酒どころ、湯沢市。その代表格が両関酒造である(報告書1992:I-29)。屋号を「加賀仁」という。寛文年間(1661-72)、加賀の仁右衛門がこの地と往来し、油屋を開業したのが始まりで、味噌醸造にも手をひろげたが、明治7年(1874)より酒造に舵を切り替えた(図5)。すでに湯沢には二十軒以上の造酒屋があったという。院内銀山バブル期の酒需要は湯沢全体の生産量をもってもなお足りず、さらに新しい蔵元を必要としていたのである。明治末~大正初には全国清酒品評会で何度も受賞し、「両関」の銘柄とともに秋田酒の名を全国に知らしめた。1991年秋には、両関酒造の本館(大正12年)・1号蔵(明治25年)・2号蔵(明治41年)・3号蔵(大正年間)・4号蔵(大正5年)を調査し、1996年にはそのすべてが国の登録有形文化財となった。


0825両関00古写真02昭和か? 0825両関00古写真03近年01
(左)昭和の全景俯瞰 (右)近年


 8月25日(火)、調査以来29年ぶりに両関酒造を訪れた。まずは本館の表構えに圧倒される(図6・7)。同行した池田氏が「重要文化財クラス」と絶賛されていたとおりの迫力である。湯沢のシンボルというにふさわしい風格が漲っている。前日訪問した横手市増田の重文「伊藤又六商店」も風土に根差した鞘付き高層土蔵造であり、目を見張ったが、両関酒造本館は90mに及ぶ間口規模があり、その全体に綻びをみせていない点、特筆すべき近代化遺産/近代和風建築だと断言できる。車から下りてその外観を目にした瞬間、フォトスキャンによる連続立面図(オルソ写真)の作成が必要だと感じ、調査補助で同行している4年生の井上君に多重撮影を指示した。


0825両関02外観01 0825両関02外観03 図7・8 両関本館


 他の4名はいそいそと本館に足を踏み入れる。販売室兼ショールームでレジの女性に名刺を渡し、『秋田県の近代化遺産』報告書を編集した者だと挨拶すると、しばらくして社長がショールームまでお出ましになり、直々にパネル展示等のご説明を受けることになった。苦渋に満ちた顔で厳しいコメントが続く。全国的に日本酒のシェアが低迷し、経営に深い影を落とす一方、巨大な木造建築群の維持が大きな負担になってきている。とりわけ大雪の対策は尋常ではなく、屋根の修理だけで天文学的な経費が必要なのだという。結論として、「(自分たちは)文化財保護のために生きているわけじゃない。それは二の次であり、経営が最優先であって、経営の邪魔になるようなことがあるなら、登録を抹消したい」と繰り返し発言された。


0825両関02外観02 本館 


 こちらから逆提案もした。広大な敷地を重要文化財(本館)、登録文化財(酒蔵群を内部改装)、その他更新部分にゾーニングすれば、適切な補助金を受けることができ、桟瓦葺き屋根の維持修理負担も軽減しつつ経営できるのではないか、と。しかし、苦渋の顔色は変わることなく、「やっかいなことが必要であるのなら、他の場所に工場を移し、いまの登録文化財をすべて市に寄贈するので、好きなようにしてほしい」というアイデアまで示された。


0825両関02外観04 本館


 本書は〈指定解除/登録抹消〉を鍵にして民家等歴史的建造物の「終活」を考察しようとしているわけだから、登録文化財所有者が自ら吐露した「抹消もやむえない」という発言は追い風にはなるデータではある。しかしながら、所有者の本音としていきなりそうした意見を耳にするのは大きな衝撃であった。しかも、両関酒造の本館・土蔵群は県内有数の木造建築遺産であり、今後、登録文化財から重要文化財に格上げ指定すべき対象である。この近代化遺産/近代和風建築の傑作を湯沢の地から消滅させるわけにはいかない。さて、行政はどのように動くのか、動向を注視していきたい。


0825両関01内部01販売室02
 ↑↓図08 両関の販売室兼ショールーム
0825両関01内部01販売室01


0825石孫01外観01 図9 石孫本店本館


(2)登録と発酵ツーリズムの拠点-石孫本店

 同じ湯沢市にある石孫本店(報告書1992:I-32)に場所を移し(図9)、調査団は一気に明るさを取り戻す。石孫本店は、2020年3月9日の秋田魁新報(8面)の大特集記事「近代化遺産は元気かい」で醸造蔵の写真が掲載され、報道後、新聞社や大学に丁寧な謝状を頂戴していた。「(新聞記事に激励され)蔵を守っていこうという意欲が増した」との感想である。このたび何の前触れもなく、現地を訪れたのだが、隅から隅まで施設をご案内いただくなど、じつに丁寧な対応をしていただいた。


0825石孫02内部05醤油熟成蔵01 図10 醤油熟成蔵


 石孫本店は湯沢市周辺では最古の醤油醸造元であり、創業は安政2年(1855)まで遡る。1991年の調査では内蔵(1885)のほか1~5号蔵(明治~大正)の計6棟を調査し、そのすべてが1998年に登録有形文化財となったが、東日本大震災で1号蔵(1904)が倒壊し登録抹消となっている。他の5棟は健在であり、調査時に比べ各段と整備が進んでいる(図10)。この点、『秋田県の近代化遺産』(1991:p.130)を読み直すと、隔世の感がある。以下に引用しておく。

   (略)昭和に入ってから業容は停滞した。現在、諸施設の老朽化は否めず、
   1ヵ所に施設を集中させた工場に衣替えし、生産と流通の現代化をはかり
   たい、というのが経営者の本音である。しかし、この意向に反して経営の
   現実はきびしい。大規模な施設更新はとても不可能で、醸造蔵を取り壊す
   具体的な計画はないという。今に残る多くの近代化遺産は、このような微妙
   な経営バランスを背景に存続してきたとも言えよう。


0825石孫02内部03麹室の外側 図11 麹室の周辺


 30年前の状況を読むと、むしろ両関酒造の現状と重なりあう部分が少なくない。しかし、老朽化した多くの施設は修復されながら一部を更新し、外観も老舗の格を誇示すべく修景されている。施設内を歩き醸造に勤しむ若き従業員たちをみると、身に纏う法被と前掛けの印象もあるかもしれないが、地場の活力をひしひしと感じてしまう。全体的に言えることは、登録文化財の維持修理が経営にブレーキをかけているというよりも、登録を誇りにして経営に活かそうとする姿勢があり、その姿勢は肩に力を入れすぎていない自然体として共有されている。社長ご夫妻は、これを「もともと暢気だから」と説明された。その前向きな暢気さが活力の源としてあり、会社全体の「明るさ」につながっているのだろうと思う。ちなみに、石孫の社長さんは秋田県内登録文化財の写真集を編集・刊行されており、まさに県内登録文化財の保全活用を牽引するリーダー的存在である。


0825石孫02内部04キングポスト 醸造蔵のキングポスト・トラス


 近年は県が主催する「秋田発酵ツーリズム」の拠点にも選定されており、そのポスターが販売コーナーの壁に貼ってあった(図12)。「本日あきた発酵中。発酵はおいしくなるためのチカラ、変化、未来。ときには自分を発酵させる旅へ!」をキャッチコピーとする。こうしたツアーの拠点であるためには、公開を原則としなければならない。わたしたち5人はマスクをしたまま履物を除菌し、ほぼすべての施設を見学できたわけだが、それは専門家に対する特別な計らいではなく、見学を希望するツアー客全員に対して公開し案内するシステムができあがっているということである。


0825石孫00秋田発酵ツーリズム01 0825石孫00秋田発酵ツーリズム02 図12 秋田発酵ツーリズムのポスター


 清酒も発酵、味噌醤油も発酵なのだから、置かれた条件は同じだと言えないところが残念ではある。多様化する酒の現状を我々はすでに身をもって実感している。痛風・糖尿・肥満などに影響するビールに換えてハイボールや無糖系発泡酒を飲み、日本酒を避けて焼酎を啜る。チリ産のワインは500円ばかりで手に入る(十分美味しい)。こうした多様化の結果として、清酒のシェアが落ち込む一方、味噌・醤油(及びその加工品である出汁醤油や柑橘酢系醤油)は家庭の常備品であり、塩分の多さを警戒する向きはあるものの、発酵品としての健康への貢献はそれ以上に注目されている。今後もシェアが急激に落ちこむとは考えにくい。登録文化財の建物が老舗の格を高め、発酵ツアーなどの活用に大きく貢献し、地場産業の未来を切り開くことを祈念している。(浅川)【続】


0825石孫01外観02記念撮影 記念撮影

《連載情報》近代化遺産を往く-秋田紀行
(1)近代化遺産と町並み
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2271.html
(2)発酵の未来
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2272.html
(3)土木遺産の現状-複合遺産としての性格
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2269.html
(4)学校リノベーション
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2268.html
(5)小坂鉱山の遺産群と環境緑化
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2273.html
(6)失われた近代化遺産
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2270.html
(7)秋田に学ぶ過疎地の未来像
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2274.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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