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ボン教-百度百科とウィキペディアの比較

 百度百科に掲載された「笨教」の解説文を3回にわたって翻訳した。ここでその全体訳を示す。

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 笨教(この「笨(ボン)」という字はチベット語の音訳で、一般的に最も使用されているのは「本(ボン)教」であり、「本波(ボンポ)教」或いは「笨波(ボンポ)教」と呼ばれるときもある)はチベット最古の宗教信仰である。「ボン教」は「シバ・ボン(斯巴本)」と「ユンドゥン・ボン(雍仲本)」の両種に分けることができる。前者はトンパ・シェンラプ・ミウォ如来仏祖の出生前からあり、象雄地区(聖地カイラス山周辺の西チベット)にはすでに神ボン、龍ボン、魔ボン、ユ・ボン等多種の「ボン」が存在していた。これらの「ボン教」を「シバ・ボン」と総称し、「原始シバ・ボン教」とも呼ぶ。「シバ・ボン」はチベット最古の原始宗教と伝統文化である。ユンドゥン・ボン教はシェンラプ・ミウォ如来仏祖が伝教した仏教で、チベット最古の象雄仏法である。原始的なシバ・ボン教と区別するため、人々はシェンラプ・ミウォ如来仏祖伝教の仏教を「ユンドゥン・ボン教」と呼んだ。

起源
 
 「ユンドゥン・ボン教」の起源は一万八千年前の古代象雄王国(チベットのガリ地区、全国的に名高いカイラス山脈一帯)で、顕教、密教、ゾクチェン(大円満)の理論を基礎としている。皈依三宝(仏宝・法宝・僧宝)を根本とし、四法印(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静・一切皆苦)を宗旨とする。出離心・菩薩心・空性証見などを解脱の道として、みずから円満成仏する秘訣をもつ大乗仏教である。「ボン」とは、我々の漢伝仏教の中で講じるところの「法」、古代インドのサンスクリット語経典中の「達磨(ダルマ)」、象雄語経典中の「吉尔(ジル)」、チベット仏教経典中の「曲(チュー)」と基本的に意味は同じである。「ボン」「ジル」「法」「チュー」「ダルマ」は、5つの異なる民族による異名同義語にほかならない。広義にいえば、万事万物みな「ボン」と呼ぶことができ、「法」と呼ぶこともできる。狭義にいえば、「ボン」はすなわち「念じる」「読む」「読経する」「呪を唱える」という意味である。「ボンポー」の意味は、学問が博大精深なボン教文化を有する人物のことである。
 「ユンドゥン・ボン教」は初めから「ユンドゥン・ボン」と呼ばれていたわけではなく、「チュミンジル」と呼ばれていた。これもまた古い象雄文字である。後に多くはチベット語の「ユンドゥン・ボン」と訳された。「ユンドゥン・ボン」の意味は、『ミシェル・セルヴェ(の著作)?』の記載によると、“ユン”は不生、“ドゥン”は不死、“ボン”は法の意味であり、「ユンドゥン・ボン」は「不生不滅」の境界に到達する方法にほかならない。不生不滅はまさしく「仏」、不生不滅の「法」はまさしく「仏法」であり、不生不滅こそ「究極の涅槃」と「仏」であり、これらを講釈・説法する法門を「ボン」と呼ぶのである。概括して言えば、「ユンドゥン・ボン」とはまさに「仏法」を意味する。
 我々が仏教の中で常見する「卍」の万字符は、もともと「ユンドゥン・ボン教」の吉祥符だったので、チベット語で「ユンドゥン」と呼ばれる。かつて栄光と繁栄を極めた古代象雄王国はまさに「ユンドゥン・ボン教」を国教とした。人類と大自然の調和関係を解決するため、「ユンドゥン・ボン教」は多くのチベット文化の基礎を創造した。例えば天文暦学、チベット医学、チベット語から歌舞・絵画芸術、礼儀・規範等々に及ぶ。チベット文化の源泉と呼ぶにまったく恥じるところがない! シェンラプ・ミウォ如来仏祖が「ユンドゥン・ボン教」を開創後、最初に象雄文字を創造し、あわせて五明学科、すなわち工巧妙(工芸学)、声論学(言語学)、医学、外明学(天文学)と内明学(仏学)を伝授した。内明学はボン教の九乗法、四門五庫、顕教、密教からのゾクチェン(大円満法)まで包括しており、「戒・定・慧」等々の覚(悟り)を包括し、(修行者が)迷わぬ法である。「五明学科」はボン教の文化的真髄であり、豊かに咲き誇ったチベット文化遺産の中で、輝くばかりに繁栄した古代象雄文明は「ボン教」の伝播を主軸として発展した。古代象雄文化は悠久の絢爛たる歴史があり、すでに世界文化遺産の保護範囲に入っている。

宗教文化

 「ボン教」はじつのところ、宗教文化の一種であるばかりか、青蔵(青海-チベット)高原という神妙な土地に住む人々が世々代々累積した文明の智慧と実践の真髄でもある。時間の推移とともに、「ユンドゥン・ボン教」の幅広く奥深い文化の底流はすでにチベット民族の中に浸透しており、チベットの歴史・政治・哲学・宗教・天文・暦学・医学・科学・文学・言語・建築・彫刻・歌舞・絵画・芸術・年中行事・民族風俗・礼儀規範から精神文明等多方面に深く影響してきた。「ボン教」は古代象雄文化の核心であるだけでなく、中国チベット民族伝統文化の源泉であり、重要な構成要素である。シェンラプ・ミウォ如来のユンドゥン・ボン教の仏法は一万八千年の歴史があり、釈迦牟尼の仏法は二千五百年の歴史がある。両尊の仏教化の時期・地域と修行の方式は異なるところがあるとはいえ、信仰の目標と追及の目的は一致しており、いずれも、慈悲為本・方便為門・無縁大慈・同体大悲・済世救人・導人向善のブッダ教育を以てする。
 (挿図)正面の銀河系には四条の美しい渦状腕(スパイラル・アーム)があり、その構造は仏の標識「卍」とよく似ている。仏の標識「卍」はチベット語で「ユンドゥン」と言い、すなわち太陽・月・星の自然な動きと対応している。「ユンドゥン・ボン教」の主要な標識は「ユンドゥン・チァシン(雍仲恰幸)」である。「ユンドゥン・チァシン(雍仲恰幸)」の字義は以下のとおり;
 「ユン(雍)」は勝義無生を表し、
 「ドゥン(仲)」は世俗無滅を表し、
 「チァ(恰)」は邪見を降滅することを表し、
 「シン(幸)」は引入解脱を表す。
恰幸の両端のユンドゥン記号は顕教と密教を象徴している。
中央でつながっている部分は心識部の無常大円満(ゾクチェン)を象徴している。


 百度百科の説明には大きな矛盾がある。16,000年前に成立したユンドゥン・ボンが2500年前に釈迦牟尼によって開かれた仏教と同質のものであるという見解は納得できるものではない。そこで、日本のwikipediaの「ボン教」の解説を抜粋引用して対比してみよう。

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 一般のチベット人にとってボンとは、漠然とチベットの仏教伝来以前の土着の宗教を指す場合と、「ユンドゥン・ボン」(永遠のボン)を自称する宗教・宗派を指す場合とがある。文献資料は仏教伝来以後のものしか存在していないが、敦煌文献から8-10世紀のチベットの古代宗教についてある程度研究されている。それによると初期の文献においてボンとは組織的な宗教の呼称ではなく一種の祭司のことを指しており、古代チベット王国(吐蕃)ではボンとシェンという祭司が祭祀を執り行っていた。宗教はチュー(法、慣習)で、ラチュー(神の法)とミチュー(人の法)とが区別されていた。ラチューは時にはボン教、時には仏教のことを指し、後者のミチューが仏教伝来やボン教成立に先行する土着宗教であった。後世の人々はこの古代宗教をボンと呼んだが、仏教布教前のチベット人が古来の祭祀や神話をボンと呼んでいたとは考えにくく、成立宗教としてのボン教はチベットで仏教が復興する11世紀頃に姿を現し、組織されていったと考えられている。11世紀以降に出現した初期のボン教文献は、主としてテルトン(埋蔵教発掘者)によってもたらされたもので、それぞれテルマ(過去に埋蔵されたものをテルトンが再発見したとされる文献)やニェンギュー(口頭伝承を筆記したとされる文献)に分類される。
 ボン教徒は、ボン教の中に取り込まれた古いアニミズム宗教である「原始的なボン」、ボン教徒がブッダと崇めるトンパ・シェンラプ・ミウォが創始した宗教伝統である「ユンドゥン・ボン」、儀礼面で仏教の影響を受けた「新しいボン」とを区別する。ユンドゥン・ポンも用語の面などで仏教の影響を受けているが、ボン教徒は仏教とは異なる独自の思想であることを自負している。
 ボン教に古くから伝わる神話によると世界の起源は双子である。宇宙や神、人類などは2つの光線または2つの白い卵と黒い卵から誕生したとされている。白い卵から神と人間の父であるシバ・サンボ・ベンチが生まれ、天と地の神であるシバ・サンボ・ベンチの子孫が、人間になったものを生み出したとされる。黒い卵からは悪魔と破壊の父が生まれた。一部の人達は、これをマニ教の先駆けであるズルワーン教の影響とも考えている。

ユンドゥン・ボン

 ユンドゥン・ボン(永遠のボン)は古代から続くとされるチベット人独特の総合宗教である。

①起源: その起源は相当古くに遡り、人類最古の文化のひとつに数えられている。一般にボン教はチベットの土着の宗教であると認識されることが多いが、ユンドゥン・ボンはその開祖であるシェンラプによってチベット西方のタジク(ペルシア方面のこと)やシャンシュン(象雄)からもたらされた教えであるとボン教徒は信じている。ボン教とチベット仏教は相互に影響しながら発展してきた歴史があり、それぞれのなかに互いの影響を見てとることができる。ただし、ボン教には中央アジアにおける古代文明の痕跡がより色濃く見られることが指摘されている。

②特徴: ボン教はその体系を構築する際にインドで発生した仏教の用語を用いたため、チベットの宗教としての独自性のない「剽窃者」の烙印を押されてきた。しかし、その経典の中身をよく見てみると、インド仏教思想の枠の中では収まらないことが明らかになりつつある。またチベット文化の源泉のひとつとして、仏教の中には見当たらない独特の要素をもっていることが指摘されている。こうした事情から今日、ボン教はチベット学や中央アジア史の最も先進的な研究対象のひとつと考えられている。ただし、一般にチベット仏教に由来しない民俗・信仰を「ボン教」としてひとくくりに認識しがちであるが、数ある民間宗教と厳密な意味でのボン教は区別するべきである。
 *ボン教教団の総本山はメンリ僧院。その他にチベット内に存在する主な僧院としては、ユンドゥリン僧院、ナルシ僧院がある。総本山のメンリ僧院は現在、北インドにその機能を移している。
 *チベット仏教のニンマ派(古派)との相互影響が指摘されている。ゾクチェンという瞑想が伝えられていることも、ニンマ派と共通する点である。両者のゾクチェンの用語は基本的に同じものであるが、その系譜や見解は異なる。
 *伝承では、チベットの西方にあるという神秘の国オルモルリンのシェンラプ・ミウォを始祖とする。
 *インド起源の仏教では「右繞」(うにょう)すなわち時計回りに巡って行くことを善しとするが、ボン教には「左繞」(さにょう)すなわち左廻りを善しとする。このようなささいな相違に加え、最も異なるのはその系譜である。ボン教とチベット仏教の関係は、いわば「仲の良い双子の兄弟」に例えることが可能である。
 *「それがチベット語で“チュー”と呼ばれようが、“ボン”と呼ばれようが、ダルマのことを特にボン教徒は宗派の派閥のことだとは思っていない。ダルマとは根源的な真実をそのまま表したもののことであり、時代と歴史を通じて何度も繰り返し述べられてきたもののことなのだ。根源的な真実のことばかりか、永遠の真実のことなのだ。ダルマとはただ単に特定の時代、つまり紀元前6世紀の北インドで生み出されたもののことだけを意味しない」 John Reynolds, Yungdrung Bon, The Eternal Tradition,7.

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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