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2020年度卒業論文(1)-構成と中間報告

 例年、卒論の中間報告をブログにアップしてきましたが、某単行本編集実務に負われて放ったらかしになっておりました。現在、目次構成を煮詰めている段階ですので、中間報告とあわせて連載します。まずはコロッケ君から。

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蕎麦食の風景 -山中の蕎麦屋はなぜ繁盛しているのか-
Food-scape of the buckwheat in Japan -Why are the buckwheat noodle’s restaurants in the mountains so prosperous
A.Sato

第1章 序論
1-1 研究の背景と目的
(1)『鳥取県の民家』(1974)再訪を終えて
(2)古民家「終活」の時代
(3)山間・郊外地域に点在する蕎麦屋の不思議
1-2 フードスケープ論の応用
(1)フードスケープとは何か
(2)フードスケープとしての蕎麦屋と蕎麦食

第2章 日本人と蕎麦食
2-1 蕎麦の起源
(1)考古学からみた蕎麦の起源
(2)DNA分析からみた蕎麦の起源
(3)文化麺類学-蕎麦と麺の関係
2-2 蕎麦の文化史
(1)救荒作物としての蕎麦
(2)「そばがき」から「そば切り」へ
(3)年越しそばとお雑煮―ハレの食品へ
(4)蕎麦の現代的再評価―グルメと健康・美容と

第3章 中国道蕎麦競べ
3-1 山中・郊外の蕎麦屋を訪ねて
(1)床瀬そば
(2)そばカフェ「みちくさの駅」
(3)手打ち蕎麦とフレンチのやな木
(4)蕎麦・菜食 一如庵
(5)ろあん篠山
(6)右衛門五郎
(7)そば切り「たかや」
3-2 山中蕎麦屋のネット情報分析
(1)上方往来(因幡街道)周辺
(2)中国山脈美作側の出雲街道周辺
(3)氷ノ山・扇ノ山山麓但馬側
(4)宮崎県高千穂町・椎葉村、熊本県阿蘇付近
3-3 蕎麦屋の店主は語る
(1)そば切り「たかや」インタビュー(抜粋)
(2)そばカフェ「みちくさの駅」ゼミナール(抜粋)

第4章 蕎麦屋の文化表象論
4-1 蕎麦屋の立地環境
(1)山水と蕎麦
(2)新鮮な食材の確保のために
(3)精進料理としての蕎麦食
(4)フランスの田舎と高級レストラン-蕎麦屋との比較
4-2 木造建築・インテリアと蕎麦食
(1)古民家等歴史的建造物の再生活用
(2)新築木造建築のデザイン
(3)家具・建具のデザインと制作
4-3 民芸派か自然派か
(1)食器と窯元
(2)自然素材へのこだわり
(3)民芸と反民芸
4-4 蕎麦と音楽

第5章 結論
5-1 蕎麦と蕎麦食のフードスケープ
5-2 山中の蕎麦屋はなぜ繁盛しているのか
5-3 蕎麦でまちづくり-熊本の場合

《参考文献》
付録1 そば切り「たかや」インタビュー(全文)
付録2 そばカフェ「みちくさの駅」ゼミナール(全文)
付録3 中国道蕎麦競べ データベース


【中間報告】2020年10月

 昨年来、研究室全体で『鳥取県の民家』(報告書1974)掲載古民家の再訪に取り組み、指定解除や倒壊・撤去などの衝撃的な事実を目の当たりにした。過疎地の民家等歴史的建造物が持続可能な状態にあるとは到底考えられず、その集積として集落あるいは町村等自治体そのものが「終活」の時代を迎えつつあると実感した。ところがあるとき、鄙びた山間部に店を構える蕎麦屋が繁盛し、客を集めている事実に気付く。地域全体が人口を減らし衰退の傾向を示すなかで、蕎麦屋だけが元気をもって営業している現象をどう捉えるべきか。本稿は、この問題をフードスケープ(食の風景)という視点から読み解こうとするものである。

1.そばきり「たかや」に学ぶ
 山間部ではないが、鳥取市街地郊外にあたる古郡家のそば切り「たかや」は大変な人気店である。元は鳥取駅裏手に店舗を構えていたが、10年ばかり前、古郡家の農業倉庫を改装して店を移し、因幡を代表する蕎麦屋となった。午前11時半から開店し、午後2時には売り切れ状態になる(本学の学生も多数バイトしている)。味覚以外の面に注目すると、①木造建築・家具等の暖かみ、②民芸指向の強い器や骨董指向の展示物、③クラシック系BGMなどに特徴があり、蕎麦屋経営の「こつ」を考えるにあたって身近な重要例である。

2.山間過疎地域の蕎麦屋-代表店
 山間過疎地で繁盛している蕎麦屋の例を示す。
そばカフェ「みちくさの駅」  岡山県境に近い智頭町福原の蕎麦屋兼土産物販売店。自家栽培蕎麦の手打ちであり、透明感の味覚に唸らされる。そば粉のワッフルやガレット、自家製紅茶も提供しており、地産・手作り・国産にこだわったメニューである。そばがき有り。店舗も地元の智頭杉を多用した大型の新築木造で、インテリア家具も自然の風合いを残す杉製品とする。器は素朴な民芸調。BGMはジャズ(有線)。
床瀬そば  兵庫県豊岡市竹野町の神鍋高原にぽつんと建つ蕎麦屋。人気のお任せコースは要予約。山女魚の塩焼きなど山間部ならではサイドメニューがつく。床瀬そばのこだわりは三たて製法(挽きたて、打ちたて、湯がきたて)であり、新鮮な香りを特徴とする。蕎麦切り以前の主食であった「きゃぁもち(そばがき)」も隠れた人気メニューであり、生醤油によく合う。店舗は昭和戦後の大型木造和風住宅を改装したもの。席はすべて畳座で、ちゃぶ台のほかイロリも切ってあり、山女魚や野菜・茸の焼き物もできる。唯一の難点はバリアフリーがないこと。器には半割の竹など自然の素材を多用している。BGM無し。
手打ち蕎麦とフレンチのやな木 岡山県新見市の郊外にあるフレンチ・レストランだが、コースの締めに蕎麦を出している。北海道産蕎麦粉を使用した滋味豊かな二八蕎麦とフレンチ・フルコースのコラボレーションが楽しめる。和風住宅の増築部分を木造レストランとしている。店内は3テーブルだけで小じんまりとしており、2ヶ月先まで予約で埋まっている。BGMはジャズ(有線)。
蕎麦・菜食 一如庵  奈良県宇陀市の山中、渓流沿いにある老舗。明治初期の古民家を改築した店だが、バリアフリーに十分配慮している。山深い土地で営業する店舗でありながら、「ミシュランガイド2013」では1つ星を獲得した。蕎麦は常陸秋そばの抜実を使用し、蕎麦粉はすべて当店の石臼で挽いたものであり、香りが強い(そばがき有り)。地元奈良の旬菜を使った精進料理も絶品である。窓外に広がる自然豊かな風景を眺めながら食事ができる縁側露台席は特に人気が高い。

 以上、これまで集めたデータは少ないが、ネット情報などを整理して予見するに、繁盛している蕎麦屋には以下のような工夫を読み取れる。
 1)自然環境が豊かな場所に立地している。とくに、水は蕎麦料理にとって重要であり、山水の風景は蕎麦料理によく似合う。
 2)木造建築と蕎麦屋の相性が良い。いずれの店舗も古民家や農業倉庫の再生、もしくは古風なデザインの新築木造建築を店舗としている。インテリアも「木」や骨董に拘っている。
 3)器は民芸調が基本であり、地元の焼き物を用いる場合が多い。竹などの自然材も使う。そうした器にふさわしい盛りつけも工夫している。
 4)BGMはジャズ系が主流だが、必ずしも成功しているとは言えない。山中の場合、BGM無しで、野外の自然音を取り込む店に好感をもてる。
 
3.日本人と蕎麦食
 日本における蕎麦栽培は遅くとも弥生時代前期まで遡る。米との前後関係は不詳ながら、常識的には多くの地域で蕎麦(雑穀)食→米(おそらく赤米)食の変化が生じたものと推定される。蕎麦は日照りや冷気に強く、また肥沃でない荒地でも栽培できるため、稲等の凶作時でも収穫が見込める「救荒作物」として重宝された。ただし中世以前は、すいとん状のいわゆる「そばがき」を主食とする地域も多かった。これが蕎麦きり「麺」状態になるのは桃山末~江戸初期のことである。蕎麦きり麺が世に出てから、蕎麦の意味は変質する。17~18世紀頃には、そば粉に“つなぎ”として小麦粉等を混ぜる麺の製法が確立した。
 蕎麦は米以前の主食から、米などの飢饉をしのぐ救荒食を経て、上質の麺に進化を遂げ、縁起の良い「ハレの食品」へ変化を遂げる。大晦日に食べる「年越しそば」の習慣が江戸中期から庶民に定着し、引っ越しの挨拶に「そば(傍)に参りました」の語呂合わせから蕎麦を贈る習慣も江戸時代におきたとされる。このように、麺となった蕎麦は江戸の人びとに愛され、日本の縁起物になっていく。さらに現代では、健康食品の代表として愛好されている。蕎麦には毛細血管を強くして血圧を下げるルチンや、殺菌効果・抗酸化力が高く血糖値上昇を抑えるカテキンが豊富に含まれる。おまけにカロリーが低く、ダイエット効果の高い食品として注目されている。

4.フードスケープとしての蕎麦屋
 本稿は蕎麦の味覚・風味だけを評価しようとするものではない。近年、注目され始めているフードスケープ(食の風景/景観)というコンセプトを援用して、山中の蕎麦屋を考察しようとする試みである。フードスケープという概念を最初に提唱したのは地理学者のジゼル・ヤズミーン[1996]である。以後、隣接諸科学の分野にひろまっていくが、研究分野・研究者個人によって定義が多様化していた。最近、それらを総合的に検討した河合洋尚(景観人類学)によれば、「語義の上から判断すると、フードスケープとは、本来、食をめぐる人間の視覚的まなざし(view)を指す。(略)ただし、(略)フードスケープ論の全てが、スケープを視覚的・心象的な文脈からとらえているわけではない。(略)食やそれをとりまく配置のような物質的側面を重視する場合もあ」[河合2020:pp.83-85]り、自らは「特に物質的要素と心的表象の総合的視野を重視する」と宣言している。河合は中華料理店を例にとり、「レストランは食を提供する物質的な場であるが、それが中国料理店として意味づけられ、中国らしい飾り付けがなされれば、『食の景観』となる」としている。ここにいう「中国料理店」を「蕎麦屋」に置換すれば、河合流のフードスケープ論として蕎麦屋を論じることができるであろう。本稿ではより包括的に、①立地環境、②木造系店舗とインテリア・展示物、③容器と盛り付け、④BGMなどの諸要素から山中蕎麦屋の経営極意を探りたい。

5.今後の課題
 山陰地方における蕎麦と言えば、出雲が突出した位置を占めるが、出雲蕎麦に手をつけると、データ量が無限に跳ね上がるので、今回の研究対象は上方往来(因幡街道)周辺、中国山脈美作側の出雲街道周辺、氷ノ山・扇ノ山山麓但馬側に限定して考察する。まずはこれら諸地域の蕎麦屋情報をネット上で網羅的に収集し、上記①~④等をデータベース化しつつ代表的な店舗を訪問する。また、以下のヒアリングを予定している。

 1)そば切り「たかや」経営者
 2)そばカフェ「みちくさの駅」経営者
 3)河合准教授(国立民族学博物館)

 なお、筆者と指導教授の実家がある宮崎県と奈良県の山間部の蕎麦屋についても、突出した事例については考察の対象に加えたい。以上から、山間過疎地に所在する蕎麦屋の持続性の背景をあきらかにする。

《参考文献・参考サイト》
福原 耕(2017)『蕎麦の旅人-なぜ、日本人は「そば」が好きなのか』文芸社
井上 直人(2019)『そば学 sobalogy -食品科学から民俗学まで』柴田書店
河合 洋尚(2020)「フードスケープ―『食の景観』をめぐる動向研究―」『国立民族学博物館研究報告』45巻1号
漆原 次郎「中国4000年より深い『そば』の歴史9000年』食の研究所. 2011 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/29463
Precious.jp. "最高においしく「蕎麦」を食べるための12の条件". 2018 https://precious.jp/articles/-/4417
(サイトの閲覧はいずれも2020-9-30)

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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