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2020年度卒業論文(3)-構成と中間報告

ブータンの蕎麦食文化
Bhutanese buckwheat food cultures
Y. Inoue

1.研究の背景と目的
1-1 第8次ブータン調査に参加して
1-2 農業への眼差し
1-3 チベット文化圏の蕎麦を考える

2.蕎麦食の比較文化史
2-1 起源-考古学と植物遺伝学
(1)考古学からみた蕎麦の起源
(2)植物遺伝学からみた蕎麦の起源
2-2 甘蕎(F. esculentum.)と苦蕎(F. tataricum.
2-3 甘蕎、日本へ
2-4 苦蕎、ブータンへ

第3章 ブータンの生業と食文化
3-1 ブータン古来の農業と遊牧
3-2 西岡京治の農業指導
3-3 ブータンの日常食
3-4 民話にみるブータンの蕎麦食
 -「ねずみのおばさん」のケプタンは何を意味するか
3-5 蕎麦食の変遷

4.『唐辛子とチーズ -ブータンの食と社会』の翻訳
4-1 著者クンサン・チョデンについて
4-2 Chilli and Cheese: Food and Society in Bhutan (2008)の概要
4-3 第17章「蕎麦-寒冷高地の穀物」全文翻訳

5.蕎麦食の体験
5-1 ティンプーの蕎麦食(2019)
5-2 西北雲南三江併流域―苦蕎起源地の蕎麦パン(2018)

6.ブータン蕎麦食のレシピと調理実験
6-1 レシピ料理本 Authentic BHUTANESE COOKBOOK (2014)
6-2 著者プナップ・ウゲン・ワンチュクについて
6-3 蕎麦料理レシピの翻訳
(1)蕎麦粉のパンケーキ khur-le
(2)蕎麦粉の皮のギョウザ hoentay
(3)蕎麦麺 puta
6-4 khur-le と hoentay の再現

7.成果と課題
7-1 ブンタンに蕎麦が戻ってきた
Kinley Yonten(2019)Buckwheat makes a comeback in Bumthang Business Bhutan
http://www.businessbhutan.bt/2019/10/23/buckwheat-makes-a-comeback-in-bumthang
7-2 日本人からみたブータン料理と蕎麦食
(1)蕎麦や松茸をブータンで食べることの快楽
(2)日本のブータン料理レストラン
7-3  おわりに

《参考文献》

付録1: Chilli and Cheese: Food and Society in Bhutan(2008)17章原文
付録2: Authentic BHUTANESE COOKBOOK(2014)蕎麦食部分原文


【中間報告】2020年10月

 昨年(2019)9月4日から11日にかけて、研究室のブータン第8次調査に参加した。調査の主題は「ブータン仏教の調伏(異教神霊の浄化と再生)」であり、パロ、ティンプー、プナカ、ポプジカの寺院・民家仏間などを視察した。その成果については、昨年度の卒業生が詳細に卒業論文で報告している[2020]。本年度も当初は第9次調査を予定しており、継続的な調査をおこなう予定であったが、新型コロナウイルスの世界的流行によって海外渡航が不可能になり、卒業研究の主題決定には頭を痛めた。悩んだ末、「ブータンの蕎麦食」を主題とすることにした。私は地元愛媛で祖母が農業を営んでおり、夏休み等でその手伝いをしてきた。また、農業関係の職に就くことが内定しており、ブータン固有の食文化の一つである蕎麦(と赤米)に興味を持ち、卒業論文のテーマにしたいと最近になって決めたばかりである。

1.ブータンの生業と食文化
 ブータンを含むヒマラヤ山麓の高地(標高2,000~4,000m以上)における最初の統一王朝は「吐蕃」である。吐蕃はチベット系騎馬遊牧民の国家であり、主生業はヤク牛・羊等の遊牧であって、雑穀栽培や粉食の文化を当初は有していなかった。そうした遊牧民も徐々に東南アジア的な農耕を受け入れ、蕎麦・裸麦・大麦・赤米・野菜などを放牧のかたわら栽培し、半農半牧的定住生活を営むようになっていく。
 ブータンの人々の伝統的な主食は蕎麦もしくは赤米であり、最も日常的な副食はエマダッツィイ(長唐辛子のチーズ炒め)である。戒律の厳しい後期密教の国であり、国内での動物の屠殺や狩猟・漁労は禁じられている。僧侶の場合、当然、肉食・魚食は厳禁だが、一般人の場合はインドから輸入した肉類等を解凍して食べることが許されている。とはいうものの、基本的にテーブルに並ぶのは雑穀・野菜系の食材であり、味付けにチーズ等酪農製品や鶏卵を使うことはあるが、料理全体はヴェジタリアン系、あるいは精進料理系と言ってよいだろう。

2 西岡京治の農業支援-光と影
 ブータン農業を語る上で西岡京治(1933-92)の存在を避けて通ることはできない。西岡は1964年、海外技術協力事業団(現JICA)の農業指導者としてブータンに赴任。以来28年間、日本から導入した栽培技術等によりブータンの農業振興に尽力し、他に類をみない成功を収めた。1980年、第4代国王から最高の爵位である「ダショー」を授かり、史上初の外国人受爵者となった。 1992年、ブータンにて死去し(享年59歳)、国葬がおこなわれ、遺体はパロの棚田が見渡せる丘陵に塔葬された。西岡は今なおブータン人の崇敬を集めているが、西岡のもたらした白米はブータン古来の赤米ほどの人気はない。ブータン人は赤米食を愛している。また、標高2700m以上の高地では稲作は適さないため、ジャガイモの栽培を振興した結果、ブータン古来の蕎麦生産地が減少する結果を招いた。いまや蕎麦粉は貴重品の一つであり、空港等での土産物として販売されている。

3.蕎麦の原産地
 一般に穀物はイネ科(単子葉類)であるのに対して、ソバはタデ科(双子葉類)の一年草である(学名Fagopyrum esculentum)。英語名の buckwheat は、ブナ(buc)と似た形の実をつけるコムギ(wheat)のような作物という意味である。つまり、buckwheatは「ブナ小麦」と訳されるが、上述したように、イネ科ではないので、小麦とも無縁の種であり、このため「偽シリアル(穀物)」と呼ばれることもある。近年、アジア各地のソバ自生種の遺伝学的研究が進み、チベットに近い西北雲南の「三江併流域」あたりに野生祖先種Fagopyrum esculentum ssp.ancestraleなどが見いだされ、原産地として有力視されている。三江併流域は研究室が2018年に訪れ、蕎麦粉のふかしパン等を食した場所であり、ブータンに近接する旧チベット領カム地方にあたる。年代関係は不明ながら、ブータンにおいても、蕎麦食→赤米食の変化が生じた可能性がある。
 クンサン・チョデンの民話絵本『ねずみのおばさん(Anty Mouse)』[原著2011]では、中央ブータンの貧しい牛飼い娘が日々お昼弁当としてケプタン(蕎麦粉パンケーキ)を牧場にもっていき、手元から滑り落ちたケプタンがネズミの穴に落ちることで、少女が富と幸福を得るストーリーになっている。貧しい少女の日常食(主食)が蕎麦粉のパンケーキであることに注目しないわけにはいかないだろう。


インフュージョンの夕食(5日)


4.ブータンでの食事体験
 インフュージョンの夕食  第8次ブータン調査の初日にあたる9月5日(木)、首都ティンプーで宿泊したホテルの門前にあるレストラン「インフュージョン」でビュッフェ形式の夕食をとった(↑)。予約なしでは入れない人気のレストランである。皿の右上に見える赤米、松茸、山菜、乾燥豚肉と大根の炒め物など。ブータンでは、肉を干して保存する習慣があり、それを炒めて食べる。
 ガンテ・レストランの昼食  9月6日(金)、ポプジカのレストランで食べた昼食(↓)は、辛さは外国人向けにおされられているが、ブータン庶民の味に近い。一つは日常の副食として最も一般的なエマ・ダッツィ(前出)、もう一つはケマ・ダッツィ(ジャガイモと唐辛子とチーズの炒め物)である。ブータンの長唐辛子は鷹の爪が巨大化したものであり、著しく辛いが、外国人向けに辛さを和らげてくれている。他の野菜料理や米とあわせると食べやすい。


ガンテ・レストランの食事(6日)


 インフュージョン(再訪)の昼食  9月9日(月)、ポプジカとプナカでの調査を終え、再びティンプーのインフュージョンで食事(昼食)した。この店がいちばん美味しい(↓)。蕎麦を使った料理も2種類含まれている。皿の下部にある丸いパンケーキがケプタンである。ケプタンという言葉は、じつは中央ブータンの方言(ブンタンカ語)であって、西ブータンの標準語(ゾンカ語)ではクレ(khur-le)という。クレは朝食によく出てくる。日本より苦みのある蕎麦(原生種に近い?)のパウンドに蜂蜜をつけて食べる。クレの右側がモンモ(餃子)、その右側が蕎麦麺である。中央ブータンから取り寄せた蕎麦粉を使っており、サワークリームを絡めて食べる。爽やかな味がする。


インフュージョン再訪時の夕食(9日)


5.今後の課題
 ブータンの蕎麦食に関する研究は今始まったばかりである。再度ブータンに渡って、新しいデータを得ることはできないので、今後は以下のような活動に取り組みたい。
 1)研究室によるブータン調査・チベット周辺調査(雲南・四川)の野帳・画像データを精査し、蕎麦に係る情報を漏れなく洗い出す。
 2)ブータン・チベットの蕎麦に係るネット情報・文献情報を精査し、データベース化する。
 3)ブータン料理のレシピ本[Punap Ugyen Wangchuk 2010]が研究室に所蔵されているので、蕎麦(+赤米)関係の料理を再現試作する。
 4)京都に所在する「ブータン食堂CharoCharo」を訪れ、経営者・シェフ等からヒアリングする。
 

《参考サイト・文献》
Punap Ugyen Wangchuk(2010)Authentic Bhutanese Cookbook, JOMO PUBLICATIONS
Kunzang Choden (2008) Chilli and Cheese: Food and Society in Bhutan, White Lotus Co Ltd
Kunzang Choden (2011) Aunty Mouse, Raj Press (浅川監訳2015「ねずみのおばさん」)
谷 愛香(2020)「ブータン仏教の調伏と護法尊に関する基礎的研究 -白/黒の対立と融合-」令和元年度公立鳥取環境大学卒業論文
Kinley Yonten(2019)Buckwheat makes a comeback in Bumthang, Business Bhutan
http://www.businessbhutan.bt/2019/10/23/buckwheat-makes-a-comeback-in-bumthang
日本ブータン友好協会(2014) 食事
http://www.japan bhutan.org/bhutan_info/culture/foods/
いずれも2020年10月1日閲覧

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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