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《卒論》チベット・ブータン仏教とボン教の歴史的相関性に関する予備的考察

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 2/10(水)に卒論の発表会が行われました。その際の発表内容を概要とともにご報告させていただきます。卒業論文執筆に際し、図面や写真を先輩方や同期の皆さんにご協力いただいたこと、また内容の向上にむけて教授にご指導いただいたり、叱咤激励していただいたこと、そして二年間の研究室活動でお世話になった全ての皆様に、この場をお借りして御礼申し上げます。(お嬢)


チベット・ブータン仏教とボン教の歴史的相関性に関する予備的考察
Preliminary study on the historical relation between Esoteric Buddhism and Bonism in Tibet and Bhutan    FUJII Suzuka                                   

研究の背景

 研究室では2012年以降、8年連続でブータンでの調査を継続し、2015年以降4度中国のチベット族居住区も視察している。私が参加した2019年の第8次ブータン調査では、ポプジカの仏教大学長からのヒアリングやボン教寺院の調査等に携わった。今年度はボン教とチベット仏教の習合に焦点をあてて現地調査を行う予定だったが、Covid19蔓延の影響を受けて渡航が叶わず、先行研究の整理及びブータン現地関係者とのリモート面談からボン教と仏教の相関性に関する予備的考察に取り組んだ。


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ボン教の研究史

 現在最もボン教研究の蓄積があるのはボン教発祥の地、チベットを領土とする中国である。雲南民族大学等の研究機関からボン教に関する21本の中国語論文の提供をうけ、前期に取り組んだ「いい加減に学ぶ中国講座」を活かし、その摘要を和訳して研究の流れを把握した。研究内容は主に文化史と建築学に大別される。1980~2000年代はボン教の概念や歴史についての概説が主流だったが、2010年代になると、西安工業大学、南京工業大学等の修士研究として、四川高原旧カム地区のボン教寺院を対象とするフィールドワークが盛んになってきている。
 一方、日本でのボン教研究は敦煌出土文献の解読等が少数の仏教史研究者により進められていたものの、フィールドワークは小西賢吾(2015)の例外的な業績があるだけで、ほとんど進んでいない。但し、国立民族学博物館の特別展図録『チベット ポン教の神々』(2009)は中国側のボン教を総合的に取り上げた概説書として突出した業績と言える。但し、日中とも仏教化の著しいユンドゥン・ボン(≓白ボン)の研究に傾斜している。


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ボンとは何か

 ボン教は太古の昔、ヒマラヤ山脈周辺で産まれた自然崇拝的でシャーマニズム的な宗教である。原始的なシバ・ボン(斯巴笨)は西チベットの象雄地区に存在していた多様な「ボン」を総称したものであり、特定の教祖はいない。その内容は主に葬送儀礼に関するものであり、民間信仰の面が強かったとされる。
 ここにいうボンとは「法」を意味し、中国語では「笨」と書く。現在も中国側に信者のいるユンドゥン・ボン(雍仲笨)は明らかに仏教の影響を受けており、チベットに仏教が導入された7~8世紀以降の成立と考えざるをえない。仏教寺院の記号である 卍 は実はボン教に起源しており、チベット語でユンドゥンと呼称されるボン教のシンボルである。ASALABでも2019年の四川高原の調査の際、炉霍県旺達でボン寺のストゥーパに 卍 が大描きされているのを確認している。
 象雄地区の近くにそびえ立つカイラス山はボン教・チベット仏教・ヒンドゥー教、ジャイナ教の聖地として多くの巡礼者が訪れており、仏教徒は右回り、ボン教徒は左回りに登拝する。マニ車も仏教は右回し、ボン教は左回しという対比性がある。
 カイラス山周辺では馬の絵を刷り込んだ経典旗タルチョを見かけるが、この馬は元来ボン教の葬礼において死者を無事にあの世に導くとされ、ルンタ(ブータンのルンダル)と呼ばれていた。仏教伝来後、馬頭観音に救済を求めるシンボルとして天に近い山頂や峠に掲げるようになり、ここでも仏教とボン教の習合がみてとれる。


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ボン教の変遷

 ボン教の変遷は以下の3段階に時期区分できると推定した。

 推定Ⅰ期:7世紀の仏教導入以前に中央アジアに広く分布していた原始「シバ・ボン」の時期。
 推定Ⅱ期: 8世紀にチベット・ブータンにインドから後期密教がもたらされ、ボン教と仏教が併存しており、互いに影響を与えあっていた。
 推定Ⅲ期:11世紀以降、チベットで仏教諸派が林立しており、ボン教もその覇権争いに加わることで、逆に仏教化が著しく進む。「ユンドゥン・ボン」の時期。中国に残るボン教寺院は推定Ⅲ期のものが主流である。

 ボン教には「弾圧と東遷」の歴史がある。チベット史においてボン教は3度、吐蕃国王より強い弾圧を受けており、チベットからカム(四川高原西部)やアムド(青海)を経由して四川高原ギャロン地区への拠点移動を余儀なくされた。こうした東遷の経由地と終点において、地域性豊かなボン教寺院が建設された。



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チベット仏教の調伏と土着的信仰

 7世紀の「吐蕃」王朝統一以降、仏教がチベットに伝導される。仏教にとって、先行土着のボン教は邪教であり、ボン教の「神霊」「女神」を「悪霊」「魔女」とみなし、瞑想によって浄化し、仏教側の護法尊に変換していった。それらの行為を「調伏」と言う。ナギリンチェン寺の洞穴奥に祀る土地神ギュンタップや水神ツォメン、さらにプナカのチメラカン寺に祀る女神アムチョキムなどが護法尊の例である。アムチョキムは中世の怪僧ドゥクパ・クンレーが金剛杵(ファルスの暗喩)によって調伏した谷筋の「魔女」だが、流域民の信仰を集めている。この女神(魔女)を仏教側に取り込むことで、その信者たちを一括して仏教側に改宗させたのである。
 チメラカン寺周辺ではクンレーに因んでファルスの壁絵や木彫を多彩に飾る。ファルス信仰はボン教由来とは限らないが、日本の道祖神など諸外国にも類例があることからみれば、仏教以前の土着信仰に由来するものとみなすべきであろう。
 他にも、梅里雪山(西北雲南)やジョモ・クンカル(東ブータン)など高山の一部を女神として崇拝する信仰がある。ボン教にも「山の神」を崇拝する信仰があり、ボン教の支配する魔女の山が仏法により女神の山に転換した可能性が考えられる。
 これまで研究室では、ブータン調査中に発見した仏教中の異教神霊等をすべてボン教由来と認識する傾向にあったが、ボン/非ボンの要素を識別する必要があると反省している。


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ブータン史におけるボン教

 ブータンではボン教の先行研究は皆無に等しい。ブータン史の大家、カルマ・プンツォ博士の大著、The History of Bhutanでもわずか2頁ほどの記述があるにすぎない。ブータンにはボン教の宗教的伝統は根付いていないが、11~12世紀に埋蔵されたボン教の経典や宝物が続々と発見され、発見者には「テルトン」という尊称が与えられた。ブータンでもテルトンによりボン教寺院が若干数創建されたが、徐々に仏教寺院に改宗された。現在でもボン教の痕跡はあるが、ブータン史におけるボン教の役割はさほど重要ではないと記している。

白と黒の概念

 ブータンでは白が善、黒が悪を象徴する色彩である。ボン教には白ボンと黒ボンがあり、白ボンはユンドゥン・ボン、黒ボンはシバ・ボンにほぼ対応している。また、ボン教には白黒の双子の神話がある。「世界の起源は2つの白黒の光線または卵から誕生した双子であり、白い卵からは神と人間の父が生まれ、黒い卵からは悪魔と破壊の父が生まれた」という伝承である。マニ教の先駆、ズルワーン教の影響とも考えられている。
 ブータン仏教では瞑想を行う洞穴が白と黒に区別でき、白壁の瞑想洞穴では悟りを開くため、黒壁の瞑想洞穴では悪霊や魔女を調伏するために瞑想が行われる。ブータン第8次調査でヒアリングしたガンテ寺仏教大学長、ケンポー・ワンチュク氏は白と黒は表裏一体だと強調された。


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ポプジカの経験-クブン寺再考

 第8次調査で訪れたポプジカのクブン寺は表向き、最も古いニンマ派(古派)の仏教寺院とされるが、二階両脇の隠し部屋にボン教の神霊を祀っている。管理人によると、7世紀にブータンへボン教を持ち込んだと伝承されるシャブドゥン・センデン・デワが開山した古刹であり、現本堂の前側に古い石積壁の前身遺構を残している。
 本堂二階の奥にある脇部屋は四方の壁が黒く塗られ、数多の髑髏で装飾し、黒い悪魔の「秘奥の部屋」という印象を覚えた(撮影禁止)。クブン寺では女神を祀っている。秘仏を見えないように垂れ幕で隠しながら、手前に女神シフゲモを祀っている。壁にはポプジカに住む動物たちと男女の交わりを描く壁画がある。もう一方の脇部屋と中央の部屋では、仏教の尊格の立像や経典と共にボン教の経典や守り神のタンカ(掛け軸仏画)を配している。全体的にボン教要素が強く、推定Ⅱ期(7・8世紀)のボン教・仏教併存期の匂いを漂わせる。再調査が必要な寺院と考えている。


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仏笨習合の背景

 光嶌督(1985)によれば、弾圧や覇権争いから仏教・ボン教ともに勢力を失い、独力では復興できなかった。互いに手を結んだ結果として、ユンドゥン・ボンが確立される。ボン教は古代からチベット人の生活に慣習として根付いており、仏教はボン教要素を取り入れることにより信者を一括獲得して布教域を拡大していった。こうして、インド起源の後期密教を地方色の強い山岳仏教に変容させていったと思われる。

ブータンのボン教寺院の再評価

 今年度はブータン出張が叶わなかったが、石川県に本部を置く佛子園(障碍者支援・貧困層救済を目的として活動する組織)のブータン事務所長、中島民樹さんとオンライン面談やメールで情報交換することができた。昨年度の調査ではクブン寺がブータン唯一のボン教寺院だと聞いていたが、中島さんのご紹介で、他にもボン教寺院が3~4ヶ所あることを知った。
 たとえば、Bhutan cultural altas というサイトの「ボンブジ・チョジェ・ナグシャン」によると、中央ブータンのトンサ地区ヌビ村には、チベットから追放されたボン教徒が居着いたボンの場所、すなわちボンブジがあり、三階建ての建物などが建っているようだ。宝物コレクションも多いようで、今後の調査対象地として有力な候補と言えるだろう。
 中国では東遷の経路として、主に四川高原に多くのボン教寺院が現存しているが、そのほとんどは仏教化した白ボンである。対して、ブータンで絶滅危惧種、あるいは平家落人集落のようにして残るボン教寺院は黒ボン的要素を多分に残している。仏教以外の「異教」のうち、ボン/非ボンの識別や、ボンの本質の理解にとって、ブータンのボン教寺院研究は避けて通れない位置を占めると確信するに至っている。
 現在ブータンでは首都ティンプーのロックダウンが解除され、全国的にも感染は落ち着いており、日本の状況が良くなれば海外調査も可能になるかもしれない。来年度以降、ブータン及びチベットの調査が可能になり、ボン教の詳細がより明らかになることを期待している。

《参考文献》
光島督(1985)『ボン教・ラマ教史における吐蕃の研究』成文堂
国立民族学博物館(2009)『チベット ポン教の神々』財団法人千里文化財団
小西賢吾(2015)『四川チベットの宗教と地域社会―宗教復興後を生きぬくボン教徒の人類学的研究』風響社 他略

《参考サイト》
Bhutan cultural altas : Bonbji Choje Nasang
https://bhutanculturalatlas.clcs.edu.bt/1709/culture/sites-structures/monasteries-temples/bonbji-bemji-choje-nagtshang-4/
ボン教-百度百科とウィキペディアの比較
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2292.html
ボン教(笨教)中国語論文リスト
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2293.html
ボン教の時期区分
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2294.html
いい加減に学ぶ中国語講座
(33)笨教〈1〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2289.html
(34)笨教〈2〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2290.html
(35)笨教〈3〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2291.html
(37)ボン教論文摘要〈1〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2303.html
(38)ボン教論文摘要〈2〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2306.html
(39)ボン教論文摘要〈3〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2309.html
(40)ボン教論文摘要〈4〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2310.html
(41)ボン教論文摘要〈5〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-date-202011.html
日本のなかのブータン
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2341.html
風の谷 ポプジカ紀行-第8次ブータン調査
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2094.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2108.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2115.html
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(7)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2118.html
(8)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2100.html
(卒論)ブータン仏教の調伏と護法尊に関する基礎的研究
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2185.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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