2020年度実績報告(1)-環境大学特別研究
実績報告のシーズンになりました。まずは、2020年度公立鳥取環境大学特別研究から。
研究課題名
文化遺産報告書の追跡調査からみた過疎地域の未来像
-民家・近代化遺産・町並みの持続可能/不可能性をめぐって
1.研究概要
昭和48年度末、全国緊急調査成果の一作として『鳥取県の民家』(鳥取県教委1994)が刊行された。田中角栄の『日本列島改造論』(1973)が旋風を巻き起こし、国土開発が勢いよく進む時代ではあったけれども、同年には中東危機が勃発して高度成長も一段落し、安定成長期に足を踏み入れつつあった。鳥取の場合、交通未整備のため依然として京阪神から離れた「陸の孤島」であり、戦前までの風景を比較的よくとどめていた。『鳥取県の民家』には、文化財指定候補となる39件の調査成果が掲載されている。これに、同時期の新聞連載「失われゆく古民家」掲載例15件(県東部)などを加えて追跡調査し、在方農家の変容パターンを以下のように分類した。《A類》指定による民家の保全(16件)、《B類》未指定だが茅葺き屋根を維持(4件)、《C類》未指定のまま中二階和風住宅への改修(4件)、《D類》未指定のまま撤去(16件)。町方・武家については、ここでは割愛する。
一方、申請者自ら調査・編集した報告書『秋田県の近代化遺産』(1992)の重要物件を8月末に再訪した。このほか秋と年度末に、中国山脈周辺の岡山県(新見・勝山・津山)、兵庫県(豊岡・朝来・養父・篠山)、広島県(庄原・三次・安芸高田)などの山間過疎地域の町並みを視察した。これらの中では、京阪神地区に近い但馬・丹波地区において歴史的建造物のリノベーションが進み活力を感じたが、その他の地区では町並みに風情はあるけれども、建造物の歯抜け、空洞化が進んでおり、人影もまばらになっている。
研究課題名
文化遺産報告書の追跡調査からみた過疎地域の未来像
-民家・近代化遺産・町並みの持続可能/不可能性をめぐって
1.研究概要
昭和48年度末、全国緊急調査成果の一作として『鳥取県の民家』(鳥取県教委1994)が刊行された。田中角栄の『日本列島改造論』(1973)が旋風を巻き起こし、国土開発が勢いよく進む時代ではあったけれども、同年には中東危機が勃発して高度成長も一段落し、安定成長期に足を踏み入れつつあった。鳥取の場合、交通未整備のため依然として京阪神から離れた「陸の孤島」であり、戦前までの風景を比較的よくとどめていた。『鳥取県の民家』には、文化財指定候補となる39件の調査成果が掲載されている。これに、同時期の新聞連載「失われゆく古民家」掲載例15件(県東部)などを加えて追跡調査し、在方農家の変容パターンを以下のように分類した。《A類》指定による民家の保全(16件)、《B類》未指定だが茅葺き屋根を維持(4件)、《C類》未指定のまま中二階和風住宅への改修(4件)、《D類》未指定のまま撤去(16件)。町方・武家については、ここでは割愛する。
一方、申請者自ら調査・編集した報告書『秋田県の近代化遺産』(1992)の重要物件を8月末に再訪した。このほか秋と年度末に、中国山脈周辺の岡山県(新見・勝山・津山)、兵庫県(豊岡・朝来・養父・篠山)、広島県(庄原・三次・安芸高田)などの山間過疎地域の町並みを視察した。これらの中では、京阪神地区に近い但馬・丹波地区において歴史的建造物のリノベーションが進み活力を感じたが、その他の地区では町並みに風情はあるけれども、建造物の歯抜け、空洞化が進んでおり、人影もまばらになっている。
2.研究の成果
民家変容4パターンのうち、未指定B~D類については滅失・更新が進んでいる。問題は指定済のA類であり、これをA-1現地保存、A-2移築保存、A-3指定解除に細分し、それぞれの問題点を考察した。A-1現地保存(11件)のうち公開活用されてるのは5例のみ。県中西部に集中し、琴浦町の重文「河本家」が模範例である。一方、東部の指定例はまったく公開活用されていない。公開活用を常態化するには保存会の存在が不可欠だが、東部の指定民家にその種の支援団体は組織化されていない。民家一件に一つの保存会で対応するのは難しいので、複数の近隣指定民家をカバーする保存会ネットワークの組織化を提言した。
A-2移築保存(4件)については、「若桜郷土の里」に移設された県指定「三百田家」等は維持管理・公開活用に成功しているが、倉吉市関金宿の県指定「鳥飼家」は市町村合併が災いして維持・公開とも不振に陥っている。最大の問題はA-3指定解除(4件)である。秋田の場合、登録文化財となった近代化遺産のうち10件以上が登録抹消になっている。解除・抹消の最大の要因は過疎による後継者不在だが、さらに地震・豪雪等の被災、財政難、アメニティの欠如が背景にある。こうした深刻な状況を踏まえるならば、過疎地における新規の指定・登録には慎重にならざるをえない。むしろ指定・登録済建造物の維持保全に全力を尽くすべきであり、その他の民家等については、安寧な終活を考えるべき時代を迎えている。現地での保存は不可能であり、丁寧に解体して部材・建具などを骨董品店・工務店に売却し、再利用を図る循環システムを洗練してゆく必要があるだろう。
町並みについては、鳥取を舞台とする映画「寅次郎の告白」(男はつらいよ 第44作・1991)が風景上の定点として位置付けられる。倉吉の玉川地区や鉢屋川地区、上方往来河原宿、若桜鉄道安倍駅など画面に映る町並みは甲乙つけ難い質の高さを誇っているが、平成の30年を経て、町並みの明暗はくっきり分かれてしまった。重伝建や登録文化財になったロケ地(倉吉玉川地区・安部駅)の風景はほぼ変わりない反面、選定・登録から漏れたロケ地(倉吉鉢屋川地区・河原宿)の町並みは激変している。すでに歴史的景観は崩壊したと言ってよい。民家集落の場合も同じであり、空き家・空き地が著しく増加し、「限界集落」から「廃村」への道筋を急速に歩んでおり、全県的に「持続可能」な状態にあるとはいえない。極端な言い方をするならば、ほぼすべての市町村が「終活」の時代を迎えていることを民家等歴史的建造物(群)の追跡調査により確認できたと思っている。ところが、あるとき山中に店を構える「蕎麦屋」が繁盛している事実に気付く。その現象の解明に今は関心が向き始めている。以上の成果は、報告書『古民家「終活」の時代―文化遺産報告書の追跡調査からみた過疎地域の未来像―』(浅川編2020:160p.)として刊行した。
民家変容4パターンのうち、未指定B~D類については滅失・更新が進んでいる。問題は指定済のA類であり、これをA-1現地保存、A-2移築保存、A-3指定解除に細分し、それぞれの問題点を考察した。A-1現地保存(11件)のうち公開活用されてるのは5例のみ。県中西部に集中し、琴浦町の重文「河本家」が模範例である。一方、東部の指定例はまったく公開活用されていない。公開活用を常態化するには保存会の存在が不可欠だが、東部の指定民家にその種の支援団体は組織化されていない。民家一件に一つの保存会で対応するのは難しいので、複数の近隣指定民家をカバーする保存会ネットワークの組織化を提言した。
A-2移築保存(4件)については、「若桜郷土の里」に移設された県指定「三百田家」等は維持管理・公開活用に成功しているが、倉吉市関金宿の県指定「鳥飼家」は市町村合併が災いして維持・公開とも不振に陥っている。最大の問題はA-3指定解除(4件)である。秋田の場合、登録文化財となった近代化遺産のうち10件以上が登録抹消になっている。解除・抹消の最大の要因は過疎による後継者不在だが、さらに地震・豪雪等の被災、財政難、アメニティの欠如が背景にある。こうした深刻な状況を踏まえるならば、過疎地における新規の指定・登録には慎重にならざるをえない。むしろ指定・登録済建造物の維持保全に全力を尽くすべきであり、その他の民家等については、安寧な終活を考えるべき時代を迎えている。現地での保存は不可能であり、丁寧に解体して部材・建具などを骨董品店・工務店に売却し、再利用を図る循環システムを洗練してゆく必要があるだろう。
町並みについては、鳥取を舞台とする映画「寅次郎の告白」(男はつらいよ 第44作・1991)が風景上の定点として位置付けられる。倉吉の玉川地区や鉢屋川地区、上方往来河原宿、若桜鉄道安倍駅など画面に映る町並みは甲乙つけ難い質の高さを誇っているが、平成の30年を経て、町並みの明暗はくっきり分かれてしまった。重伝建や登録文化財になったロケ地(倉吉玉川地区・安部駅)の風景はほぼ変わりない反面、選定・登録から漏れたロケ地(倉吉鉢屋川地区・河原宿)の町並みは激変している。すでに歴史的景観は崩壊したと言ってよい。民家集落の場合も同じであり、空き家・空き地が著しく増加し、「限界集落」から「廃村」への道筋を急速に歩んでおり、全県的に「持続可能」な状態にあるとはいえない。極端な言い方をするならば、ほぼすべての市町村が「終活」の時代を迎えていることを民家等歴史的建造物(群)の追跡調査により確認できたと思っている。ところが、あるとき山中に店を構える「蕎麦屋」が繁盛している事実に気付く。その現象の解明に今は関心が向き始めている。以上の成果は、報告書『古民家「終活」の時代―文化遺産報告書の追跡調査からみた過疎地域の未来像―』(浅川編2020:160p.)として刊行した。