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2020研究成果報告会を終えて

 なんかもうぐだぐだでした。発表は15時40分からでしたが、その前の3限(13:00-14:30)に「住まいと建築の歴史」講義の第13回「茶室」を講じたばかりで、講義はうまくいったと思っていますが、成果報告のほうは明らかな準備不足と不慣れなWEB講演にうろたえてしまいました。相変わらずの他人のコンピュータはいけません。ろくなことがない。
 さて、今回の発表は、以下の年報に掲載されました。

 浅川滋男「古民家《終活》の時代-持続可能性に潜む諸行無常の理(ことわり)-」
       『2020 地域イノベーション研究』vol.8:pp.49-54

 この成果概要は、もちろん報告書『古民家「終活」の時代』の要約的な内容ですが、じつは考察を一歩進めているところがあり、その文章(校正前)を以下(「続き」を含む)に掲載しておきます。ご一読いただければ幸いです。

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1.日本が最も元気だった時代
 昭和48年度末、全国緊急民家調査成果の一作として『鳥取県の民家』(鳥取県教育委員会1974)が刊行された。田中角栄の『日本列島改造論』(1973)が旋風を巻き起こし、国土開発が勢いよく進む時代ではあったけれども、同年には中東危機が勃発して高度成長も一段落し、安定成長期に足を踏み入れつつあった。ギネス記録を誇る映画「男はつらいよ」シリーズの山田洋次監督が「日本が最も元気だったころ」と回顧する古き良き時代である。昭和49年に最も注目されたニュースは、V10を逸した読売巨人軍の長嶋茂雄三塁手の引退である。世界的にみると、フランツ・ベッケンバウアー率いるドイツがヨハン・クライフ主将のオランダを決勝で下したサッカーワールドカップ・ドイツ大会に注目が集まった。敗れはしたものの、オランダのトータル・フットボールがその後のサッカー界を席巻してゆく。
 芸能音楽の世界では、演歌が依然として主流ではあったけれども、吉田拓郎や荒井由実などの若い世代が台頭しつつあった。米子出身の岡本おさみが作詞し、吉田拓郎が作曲した森進一の「襟裳岬」が昭和49年のレコード大賞である。映画では「ゴッドファーザー」や「仁義なき戦い」などのヤクザ映画に人気があり、渥美清主演の「男はつらいよ」シリーズもヤクザ映画のパロディとして誕生し、国民的映画に成長していく。


2.『鳥取県の民家』その後
 鳥取県の場合、こうした変革期にあっても、相変わらず交通インフラ未整備のため距離的には近いはずの京阪神とは隔てられた「陸の孤島」であり、町も村も民家も旧態をよくとどめていたと記憶する。『鳥取県の民家』には、文化財指定候補となる39件の民家調査成果が掲載されている。これに、同時期の日本海新聞に連載された「失われゆく古民家」(木島幹世1973~74)掲載50例(図1)のうち県東部の15件、広瀬安美『兵庫の民家』(1974)のうち但馬の3件を加えて追跡調査した。その結果、45年の時を隔てた在方農家の変容パターンを以下のように分類した(町方・武家については紙幅の関係上割愛する)。
 《A類》指定による民家の保全(16件)
 《B類》未指定だが茅葺き屋根を維持(4件)
 《C類》未指定のまま茅葺き平屋建から中2階和風住宅へ改修(4件)
 《D類》未指定のまま撤去(16件)
民家変容4パターンのうち、未指定B~D類については、当然のことながら、滅失・更新が急速に進んでいる。問題は指定済みのA類であり、これを《A1》現地保存、《A2》移築保存、《A3》指定解除に細分し、それぞれの問題点を考察した。

3.河本家住宅―公開活用の模範例
 《A1》現地保存(11件)のうち公開活用がなされているのは5例のみである。琴浦町の河本家住宅(重文)が公開活用の模範例であり、湯梨浜町の尾﨑家住宅(同)、大山町の門脇家住宅(同)などの成功例は県中西部に集中している。そもそも、いま執筆している研究内容は、2019年秋の河本家公開時に開催された講演会「『鳥取県の民家』その後」に端を発する(図2)。当時のゼミ生7名と私のリレーで講演し、終了後、激励の感想をメールや手紙でいただき、勇気づけられた。ちなみに、河本家は『鳥取県の民家』と新聞連載の両方に掲載されており、やがて県指定から国重要文化財へと格上げされて今に至る。一方、前者に掲載された分家の河本家の屋敷はすでに撤去され、宅地の奥側に新しい住まいを建設している(D類)。未指定なのだから現状変更の制限はなく、是非もない。
一方、県東部には、八頭町の矢部家住宅(重文)、鳥取市の福田家住宅(同・図3)、木下家住宅(県指定)、奥田家住宅(同)など17~18世紀に遡る文化財価値の高い民家が集中するにも拘わらず、公開活用はなされていない。唯一の例外は有料公開されている智頭町の石谷家住宅(重文)であるが、こちらは『鳥取県の近代化遺産』(1998)で発見された大正期の超大型住宅である。なお、後述する近代化遺産追跡調査で訪問した秋田県では、「税金を投入して維持修理しているからには公開せざるを得ない」という行政の方針が行き届いており、8割前後の指定民家が公開活用されている。因幡地域の保守性が浮き彫りになった感がある。
公開活用を常態化するには保存会の存在が不可欠だが、石谷家を除けば、東部の指定民家にその種の支援団体は存在しない。民家1件に一つの保存会で対応するのはなかなか難しいので、複数の近隣指定民家をカバーする保存会ネットワークの組織化を提言したい。

4.指定解除の衝撃
 《A2》移築保存(4件)についてみると、若桜町屋堂羅の「若桜郷土の里」に移設された三百田家主屋(県指定)は維持管理・公開活用に成功しているが、倉吉市関金宿の鳥飼家主屋(同)は市町村合併が災いして維持・公開とも不振に陥っている。日野郡江府町の車家主屋は奥大山農林業資料館に寄付・移築(1976)の後、町指定有形民俗文化財になったものの、資料館閉鎖に伴い、2002年に指定解除・撤去された珍しい事例である。関金宿の鳥飼家も楽観的な状況にあるとは言えないであろう。《A3》指定解除の例はさらに3件ある。伯耆町の生田家住宅(県指定)は1991年、日野町の内藤家住宅(同・図4)は2001年、三朝町の小椋家住宅(町指定)は2016年に指定を解除された。文化財保護にとって深刻な問題である。

5.古民家「終活」の時代
 私が1991年度に自ら調査・編集した『秋田県の近代化遺産』(秋田県教育委員会1992)の重要物件を2020年8月下旬に再訪した(図5・6)。近代化遺産とは「幕末~戦前における産業・交通・土木の遺産」であり、民家とはジャンルが異なるけれども、ここでも同じような変化を確認できた。ただし、近代化遺産の場合、阪神・淡路大震災(1995)直後の文化財保護法改正で導入された「登録」の制度が採用される。秋田県は全国で最初に近代化遺産調査をおこなった自治体であり、多くの登録有形文化財を輩出したが、すでに調査対象30件が消滅し、うち10件以上の登録抹消を含む。指定解除・登録抹消の最大の要因は過疎による後継者不在である。加えて、地震・豪雪・洪水等の被災、財政難、アメニティ(住み心地の良さ)の欠如が背景にある。深刻な過疎が指定・登録文化財まで巻き込んでいる状況を鑑みるならば、過疎地における新規の指定・登録には慎重にならざるをえない。むしろ指定・登録済み建造物の維持保全に全力を尽くすべきであり、その他の民家等については、安寧な「終活」を考えるべき時代を迎えている。現地での保存は一部の例外を除いてほぼ不可能であり、すでに民間業者が実践しているように、建造物を丁寧に解体して主要な部材・煤竹・建具などを骨董品店・工務店等に売却し、再利用を図る循環システムを洗練させてゆく必要があるだろう。

6.持続可能性に潜む諸行無常の理
 映画「男はつらいよ」シリーズの第44作「寅次郎の告白」(1991)は、鳥取現代史上の「風景の定点」として位置付けられる。倉吉の打吹玉川地区や打吹鉢屋川地区、上方往来河原宿(図7)、若桜鉄道安倍駅(図8)など、スクリーンに写しだされる風景は甲乙つけ難い質の高さを誇っている。しかしながら、平成の30年を経て、町並みの明暗はくっきり分かれてしまった。重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)や登録文化財になったロケ地(打吹玉川・安部駅)の風景はほぼ変わりない反面、選定・登録から漏れたロケ地(打吹鉢屋川・河原宿)の町並みは激変している。すでに歴史的景観は崩壊したと言って過言ではない。
民家集落の場合も同じであり、空き家・空き地が著しく増加し、「限界集落」から「廃村」への道筋を急ぎ足で歩んでおり、全県的に「持続可能」な状態にあるとはとても言えない状況にある。極端な言い方をするならば、ほぼすべての市町村が「終活」の時代を迎えていることを民家等歴史的建造物(群)の追跡調査により確認できたと思っている。
終活論は一種の仏教論でもある。仏教の本質的思想は「空」にある。般若心経にいう「色即是空・空即是色」とは、物質的なもの(色)はじつは実体性をもたない「空」であり、また実体性をもたない「空」のままで物質的なもの(色)として存在することを意味している。人間を取り巻く世界とすべての存在は、人間が想定しがちな不変で固有の性質をもって存在するのではない。すべては「空」でありながら、さまざまな原因・条件によって眼前に「色」として現象している。歴史的建造物がこの例に漏れるはずもなく、それらを文化遺産として保存しようとする行為自体が、諸行無常の理(ことわり)にあらがおうとするものである。毛沢東の遺体を化学的にミイラ化して天安門広場の紀念堂に展示する行為と本質的に変わるところはない。文化財保護制度によって担保されたと思われがちな持続可能性の内側にも諸行無常の理が潜んでいる。過疎の嵐が吹きすさぶ地域にあって、指定・登録などの文化財保護制度が機能していない現実が露わになり、改めて「色即是空・空即是色」の教えを実感した次第である。
県内有数の重要文化財として、理想的な公開活用を進めている河本家や尾﨑家の場合でも、詰まるところ、《A3》指定解除パターンと同じ問題を孕んでいることを敢えて指摘し、本稿の結びとしたい。

《附記》 本稿は令和2年度公立鳥取環境大学特別研究「文化遺産報告書の追跡調査からみた過疎地域の未来像-民家・近代化遺産・町並みの持続可能/不可能性をめぐって」の成果の一部であり、報告書『古民家「終活」の時代』(浅川編2020)の論旨をいま一歩深めて考察したものである。末文ながら、調査研究に携わったすべての学生に感謝の気持ちを表したい。

《参考文献》
白木小三郎編(1974)『鳥取県の民家』鳥取県教育委員会
木島幹世(原著1973~74新聞連載・木島史雄編2013)『失われゆく民家』あるむ
広瀬安美(1974)『兵庫県の民家』コーベブックス
浅川滋男(1987)「都市近郊における街村型集落の変容(その1~2)」『日本建築学会東海支部研究報告集』25号:pp.445-452
奈良国立文化財研究所(浅川編1992)『秋田県の近代化遺産』秋田県教育委員会
奈良国立文化財研究所(浅川・箱崎和久編1998)『鳥取県の近代化遺産』鳥取県教育委員会
浅川編(2005a)『河本家住宅-建造物調査報告書-』琴浦町教育委員会:100p.
浅川編(2005b)『倉吉の町家と町並み-重伝建地区外側の景観をいかに保全するか』八橋往来まちなみ研究会:24p.
浅川編(2020)『古民家「終活」の時代-文化遺産報告書の追跡調査からみた過疎地域の未来像』令和2年度公立鳥取環境大学特別研究成果報告書:158p.

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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