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2021年度卒業論文 -中間報告(4)

『金閣寺』と『金閣炎上』
Two novels concerned with arson of the Golden Pavilion -Kinkaku Buddhism Monastery and Kinkaku combustion      

 2019年10月31日、沖縄県那覇市の首里城正殿が全焼した。首里城は世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一部をなす国指定史跡であり、国民全体に衝撃が走った。火災原因は不明であり、正殿1階の照明器具で何らかの異常があった可能性が指摘されている。こうした文化遺産の火災としてとくに有名な先行例は、法隆寺金堂の火災(1949)と鹿苑寺金閣(金閣寺)の炎上(1950)である。現存する法隆寺金堂と金閣は、いずれも1950年代以降の再建であるという事実を後ろめたいと感じている日本人は少ないかもしれない。筆者はとくに金閣の火災に興味を覚えた。金閣寺の火災は、大学生でもあった若い修行僧による放火だったからである。卒論では、この問題を、三島由紀夫と水上勉の小説等から再考しようと思っている。資料としたのは以下のとおり。

《小説》
 三島由紀夫(1956)『金閣寺』新潮社
 水上勉a(1962)『五番町夕霧楼』新潮社
 水上勉b(1979)『金閣炎上』新潮社
《評論》
 酒井順子(2010)『金閣寺の燃やし方』講談社
《映画・ドラマ》
 市川崑監督(1958)『炎上』
 田坂具隆監督(1963)『五番町夕霧楼』
 高林陽一監督(1976)『金閣寺』
 山根成之監督(1980)『五番町夕霧楼』

 以上の諸作品については、3年次のゼミ演習で一通り鑑賞し感想文を書いているが、このたびの卒論では、それらを見直し、体系的な批評に仕上げたいと思っている。

1.金閣寺史要
 鹿苑禅寺は臨済宗相国寺派の寺院である。応永4年(1397)足利義光が山荘「北山殿」を造営したのが始まりであり、義光の没後、鹿苑寺と改名して仏寺となる。その後、三階建の舎利殿、すなわち金閣が応永5年(1399)に竣工した。明治30年(1897)には古社寺保存法の国宝に指定されたが、昭和25年(1950)7月2日、21歳の修行僧、林養賢が舎利殿に放火し全焼した。同時に国宝の指定解除となる。5年後に再建竣工。現在では金閣寺庭園が国の「特別史跡」「特別名勝」の指定を受け、1994年「古都京都の文化財」の一部として世界文化遺産に登録されている。

2.金閣寺放火事件を題材にした小説と映画
 上述のように、昭和25年(1950)の金閣寺放火事件を題材にした小説が3篇ある。三島由紀夫の『金閣寺』と水上勉の『五番町夕霧楼』『金閣炎上』である。三島の『金閣寺』は二度映画化され(市川監督→高林監督)、水上の『五番町夕霧楼』は一度映画化され(田坂監督)、後にドラマでリメイクされ、さらにもう一度映画化された(山根監督)。
 小説『金閣寺』『金閣炎上』はいずれも金閣寺放火事件の犯人、林養賢を主役としており、金閣寺の修行僧はなぜ金閣放火を実行したのか、犯人の人間性や性格・思考などが作者の想像も込めてフィクション又はノンフィクションで書かれている。『金閣寺』は、林養賢の人間像が三島由紀夫の感性で解釈され、「美」について苦悶する描写が少なくない。「女性の美」か「金閣の美」か、金閣の美が女性に対する性欲や女性の美を否定し彼を悩ませた。放火事件を素材にしているとはいえ、完全なフィクションであるが、三島の死生観や審美的感性が作品に貫かれており、後の「切腹」に至るプレリュードとして理解することも可能と思われる。ところが、これを原作とする市川崑監督の映画『炎上』では、金儲けの道具に金閣が使う禅寺の堕落や、金閣(作品中では「驟閣」)の美を汚すことに憤り放火する筋書きに変わっている。この筋書きは水上の『金閣炎上』に類似するところがある。最も異なるのは終盤である。三島の原作(小説)では、放火後の林養賢が「生きよう」と思ったのに対して、映画『炎上』では林は自殺してしまう。三島は小説執筆時にこの問題について悩んでいたようで、小説では「生」、監修した映画では「死」を選択した。なお。市川崑は炎上というカラフルな映像をモノクロ映画として仕上げており、その出来栄えは黒沢明の『羅城門』に比肩しうる傑作として称賛を集めている。
 水上勉の『五番町夕霧楼』は三島の『金閣寺』を一部継承した大衆小説である。映画は、比較的原作に忠実に撮られているが、1963年版では放火の動機を吃音による寺からのいじめや軽蔑から性格が歪んだのだろうとしているのに対して、1980年版では禅宗の腐敗が主な動機となっている。1980年版は『金閣炎上』をも参照にしているからではないか、と私は思っている。
 水上の『金閣炎上』は小説というよりも、むしろドキュメンタリー(ノンフィクション)に近い。水上は同じ丹後出身である林養賢の個性に興味をもっており、林養賢や関係者に詳細なインタビューをおこなった。林養賢は禅宗に対する強い思いがあり、金閣寺で修行するうちに禅宗の腐敗や無意味性を感じるようになった。その気持ちと社会への不満が抑えきれなくなり、放火に至ったように思われる。水上は林養賢の性格を生まれた育った舞鶴の風土性と関連づけている。日本海側(裏日本)の陰湿とした風土性が人格形成に影響していると水上は分析しているが、日本海沿岸で生まれ育った人間はみなそのような性格になるはずもなく、結局は個人の資質の問題ではないか、という意見のほうがむしろ妥当であろう。


3. 現状の感想と今後の展望
 三島由紀夫の作品において、林養賢は、美と性に強いこだわりや理想があり、金閣の美を「永遠」だとする一方で、女性の美を「刹那」だと認識している。そのうち、女性と交わる瞬間に金閣の美が邪魔をするようになる。林は金閣の美によって自分の美を否定され、金閣を恨み、美への反感から放火を決意したのだと感じた。さらに身障者のコンプレックスについても三島は触れている。林の無口で閉じこもり気味な性格には、幼少時からの吃音によるいじめや、自分の思いを自由に話せない閉塞感も影響していると感じた。一方で、水上勉の描写する林養賢は禅宗に対する強い思いがあり、金閣寺で修行僧をするうちに禅宗の腐敗や無意味性を感じるようになり、その気持ちと社会への不満が抑えきれなくなり放火に至ったように思える。林は、寺が金儲けの道具になっていることや、たてまえで生活する禅僧に相当の反感があったのだと感じた。しかし、寺も金がないと運営できないし、禅僧も人間である。林は、難しいことを考えるには若すぎた。性格上頑固であったからか、年齢が若かったからか、世の中の汚い部分を見て、自分を曲げてまで納得することができなかった。それゆえこの世に絶望した。本来、そういう社会との折り合いをつけながら生きていくのだろうが、彼にとってそれをすることは許しがたかったのだろうと思った。
 今後の展開として、金閣寺放火に関する上記著書の読み込みと考察を深めていき、三島と水上、二人の作家について解説した酒井順子の『金閣寺の燃やし方』の意見も織り込む。また、教職課程の履修生として、道徳・倫理教育との関係性、障害者との接触のあり方にも考察をひろげていきたい。(教職4号)


村上 川端龍子『金閣炎上』

《参考サイト》
Wikipedia『鹿苑寺』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E8%8B%91%E5%AF%BA
(サイトの閲覧は2021年9月23日)

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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