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ブータン 山の教室-学生レポート(2)

ヤクが夕方には家に戻ってくるように

 《「先生は未来に触れられる」とはどういう意味か》 「未来に触れる」とは、「子どもたちの将来に選択肢を増やす」ことだと考える。ウゲンがルナナ村に訪れた時、村長はウゲンに「学問があると村の中で働く以外の選択肢がある」と言っていた。子どもは数多の可能性を秘め、これからの村を担っていく未来そのものである。先生という役職は、子どもたちに教養を与え、ヤクの世話をしたり冬虫夏草を集めたりする以外の選択肢を増やすことができるのである。また、「自分自身の選択肢を増やす」ことともとらえられる。先生になれるほどの教養があれば、村を出て外の世界で生きる選択肢もある。その際、村の中では触れることのできない最先端の技術や発展した文明・文化に触れることができる。これもまた、「未来に触れる」ということだと思う。
 《「ヤクに捧げる歌」の内容を説明しなさい》 セデュは「ヤクに捧げる歌」について、ヤクの澄んだ魂を賛美する歌詞だと説明した。ヤクは人々に多くを与えてくれる存在であり、家族のように親しく、ヤクとヤク飼いの絆は神聖なものだという。また、セデュはこの歌が生まれた経緯についても説明した。ルナナ村では肉が必要になった時、村中のヤクを集めて投げ縄を投げ、縄が落ちたヤクを犠牲にする。ヤクをかけがえのない存在として大切に扱う村の人々は皆心を痛めるという。村には岩塩を売るためにチベットに行ったヤク飼いがおり、ある時運命が働いて投げ縄はこのヤク飼いのヤクに落ちた。この歌は、そのヤク飼いが自分のヤクに歌ったものである。歌詞には「ヤクのおかげで私は命を長らえた」「ヤクには高い山の草と清い水がふさわしい」とある。セデュはこれを、澄んだ魂を賛美する歌詞だといった。雪が消えることがない清らかな大地は私たちの心を映す鏡だと。歌の最後には、ヤクがヤク飼いに「私たちの絆は永遠だ」と言葉を返している。ヤクたちは、山のあちこちで草をはみ夕方には家に帰るという生活をしている。「それと同じように、現世であれ来世であれ、私は戻ってくる」とヤクはヤク飼いに返している。つまり、ヤクは死んだとしても巡り巡って再びヤク飼いのもとへ戻ってくるのである。セデュはこの絆を神聖なものだと説明した。
 《ウゲンはブータンに戻るか、オーストラリアに残るか》 私は、ウゲンはいつかブータンに帰ってくると思う。「ヤクに捧げる歌」は、一度ヤク飼いのもとから旅立ったヤクが、いつか再びヤク飼いのもとに戻ってくることを願った絆の歌である。この歌の内容や、村長がウゲンに対して「君はヤクそのものだ」といったこと、村長がどんな思いで再びこの歌を歌ったのかを知っているウゲンならば、必ずブータンに帰ってくるだろう。しかし、それはすぐのことではない。ウゲンは、ヤクが山のあらゆる場所で草をはむように、オーストラリアに旅立ったのである。彼はこの旅から無事に帰ることができるように峠で祈り、石を積んでいる。このことからも、ウゲンがルナナ村のことを大切に思い、戻りたいという思いがあることがうかがえる。彼はオーストラリアで「ヤクに捧げる歌」を歌えるようになったら、外国で見た景色や新しく得た知識や経験をルナナ村に持ち帰り、子供たちに伝えるためにブータンに帰ってくると思う。ヤクが夕方には家に帰ってくるように。





この映画に出会うことができて良かった

 《感想》 授業後にはしっかりと先生に質問する時間が設けられており、分かりやすく説明してもらえるため、授業スタイルは充実していると思います。また、今回のように学期末レポートで取り上げられるドラマや動画は、普段目にすることが少ないジャンルのものなので新しい世界に触れる良いきっかけになっていると感じています。実際、私はブータンの雄大な自然や過酷な環境、そこで生活する人々の文化や子供たちに教育を受けさせたいという願いを知ることができました。また、教師が完全に不足している現状も分かりました。(Amazonでレンタルし2回程見ました。)
 先生は「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」という映画をご存知でしょうか。都会育ちの優柔不断な18歳の男子が、山奥の村で林業に従事することになるお話です。彼はウゲンのように、村の過酷な環境から一刻も早く町に戻ろうとしますが、林業やそこで生きている人々に関わっていくうち考えが変わっていきます。途中で一度都会に帰りますが、最後は結局村に戻りそこで生きていくことを決めるという終わり方の映画です。今回の授業で動画を見始めた時、私はきっとウゲンはルナナ村に自分の居場所を見つけて永住するんだろうと思っていたので、最後オーストラリアに渡り酒場で終わった時は良い意味で驚きました。でもきっと人生とはそういうものだとも思いました。きれいごとや情けだけではやっていけないんでしょう。だけどもしかしたら、彼はこの後ブータンに戻るかもしれない、いやきっと記憶の中にあるルナナ村に思いをはせてオーストラリアで生きていくだろうと、彼のその後の人生を想像させられ、映画としてとても良い終わり方だと思いました。
 個人的にとても好きな雰囲気とテンポの映画だったので、これからも時々見ようと思います。劇中に余計なBGMもなく、自然音や歌声に重点を置いて撮られているので、実際にその場にいるような感覚になりました。こういった静かで穏やかに時間が流れていく中で、しかし確かに息づいている生命と人々を描いた映画が好きなので、今回この映画に出会うことができて良かったです。ヤクとヤク飼いの絆には、授業中であるのに涙ぐみました。そして改めて、普段自分が口にしている肉に、ブタや牛や鶏といった家畜とそれに関わる全ての人に感謝しました。
 私がヤク飼いであったなら、私のヤクを殺せるだろうか。映画を見てからずっと考えています。もっと身近な例えをするなら、私が飼っている犬を食べるために殺せるだろうか。(犬はフンや乳、肉を得るために飼っているわけではないですが、愛情や絆があるという点では大差ないと思います。) 私は家族や村の人々が生きるためにはそうするほかなく、仕方がないことだと理解しているので、私の犬を屠畜することを了承すると思います。しかし、殺すことも調理することも全て人に任せ、もしかしたら調理された状態の犬を食べることもできないだろうと思います。だからこそ、自分のヤクに歌を送った村長の覚悟や深い愛情が分かって胸が痛くなりました。
 海外の生活を知ることで自分の現状を一歩引いた視点から見直すことができ、背筋が伸びる思いです。先生の授業は相変わらず新しい文化や価値観、世界に触れるきっかけを与えてくださるので今期も受けて良かったと思いました。2回分(インターンシップで)欠席してしまったことが非常に悔やまれます。残りの授業もより真剣に受けたいと思います。(3年SY)

《連載情報》
ブータン 山の教室
http://asalab.blog11.fc2.com/blog-entry-3070.html
ブータン 山の教室-学生レポート
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2485.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2486.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2487.html



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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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