《卒論》『金閣寺』と『金閣炎上』 -居場所を失くした若者たちへ

2月9日(水)にオンラインの卒業研究発表会が行われました。当日発表した発表内容と概要を報告させていただきます。卒業研究にご協力いただいたすべての皆様に厚く御礼申し上げます。(教職4号)
題目: 『金閣寺』と『金閣炎上』-居場所を失くした若者たちへ
The Temple Of The Golden Pavilion and Kinkaku combustion
-For the young people having lost their cozy place-
[中間報告4]
研究の背景と目的
金閣寺(鹿苑寺金閣)は1950年、当時、仏教系大学の学生でもあった若い修行僧によって放火された。本論では、この問題を、三島由紀夫と水上勉の小説等から再考しようと思う。とりわけ三島由紀夫に関しては、戦後の右翼系文学者の代表であり、自身が「切腹」という衝撃的な死に方をしていることから、彼の作品には強いメッセージや思想が散りばめられており、おもに評論や随筆からそれらを読み解いていく。また、身障者であった放火犯の心理については、最近起こった事件を比較材料とし、若者の「居場所」の喪失という社会学的な視点を通して再検討を試みる。



金閣放火を主題にした小説と映画
金閣放火を主題にした文芸・映画等は以下の通りである(スライド2)。
《小説》 ① 三島由紀夫(1956)『金閣寺』新潮社
② 水上勉(1962)『五番町夕霧楼』新潮社
③ 水上勉(1979)『金閣炎上』新潮社
《評論》 ④ 酒井順子(2010)『金閣寺の燃やし方』講談社
《映画・ドラマ》 ⑤ 市川崑監督(1958)『炎上』
⑥ 田坂具隆監督(1963)『五番町夕霧楼』
⑦ 高林陽一監督(1976)『金閣寺』
⑧ 山根成之監督(1980)『五番町夕霧楼』
ここで最も重要な資料となるのは三島の『金閣寺』(1956)と水上の『金閣炎上』(1979)であり、いずれも金閣放火事件の犯人、林養賢を主人公とする小説である。大谷大学の学生でもあった若い修行僧がなぜ金閣放火を実行したのか、犯人の人間性や性格・思考などが作者の想像も込めて、フィクション(三島)またはノンフィクション(水上)として仕上げられている。すでに指摘したように、三島が『金閣寺』で表現する美学や死生観は切腹の序章であるとも指摘されており、切腹の前年に発表された三島の随筆『若きサムライのために』(1969年)は、切腹の予感とともに、切腹と『金閣寺』執筆のつながりを暗示する部分がある。
酒井順子の『金閣寺の燃やし方』(2010)は、三島の『金閣寺』と水上の『金閣炎上』を比較しつつ、他の著書や幼少期の話などを総合的に分析し、二人の文豪の人物像についての見解が語られている。

永遠の美と刹那の美
三島の『金閣寺』に登場する放火犯は溝口と呼ばれている。溝口は重度の吃音を抱えており、幼い頃からいじめられていた。障がいがもたらす内面の屈折と人生観、そして女性に抱く興味と美の間で悩みを抱えるようになっていく。「溝口」というのは仮名だが、放火犯(林)に吃音の障害があったのは事実である。
この作品には二つの「美」が登場する。一つは〈金閣の美しさ=永遠の美〉、もう一つは〈女性の美しさ=刹那の美〉である。放火犯の溝口は幼いころから金閣の美の虜だったが、女性への関心も年相応に抱くようになる。「女性の美」か「金閣の美」か、溝口が女性と交わる寸前に彼の脳内に金閣が現れ、金閣が女性の美しさにまさり、彼を不能に陥らせてしまう。金閣の永遠の美が女性の刹那の美を否定したのである。ちなみに『金閣寺』では、性経験を「人生」と表現しており、その「人生」を否定されて居場所を失った溝口は金閣を恨むようになり放火へ至る。
この作品には、なにより三島の美学が表現されている。

身障者はなぜ物語に登場したのか
次に、三島の『金閣寺』に登場する二人の障がい者から、障がいと人格形成の関係について考えてみる。
この作品には二人の身障者が登場する。一人は放火犯の溝口、もう一人は柏木という溝口の大学の友人である。溝口は実在した人物(林養賢)をモデルにしているが、柏木は物語上の人物である。溝口は吃音によるいじめや、主張がスムーズにできないもどかしさから内向的な暗い性格になっていき、吃音を馬鹿にされると顔を真っ赤にして怒る描写もあることから、障がいを「恥じ」と認識していたことが分かる。
一方で柏木の場合は、内反足という重度の障害を抱えているにも拘わらず、それを自分の存在条件として誇示し、他人と分かつアイデンティティだと捉えている。また、内反足を道具のように使い、女性を惹きつけ、そのことを得意気に語るなど、溝口とは正反対の性格をしている。自分の障がいに女性が惹きつけられる成功体験の積み重なりが彼におかしな自信をつけさせたのだろうが、正直、柏木については理解しがたく、このような人物が実社会にいるとはとても思えない。柏木は溝口に刺激を与えるために三島が作り上げたフィクションのキャラクターにすぎないと解釈している。

水上勉と『金閣炎上』
次に、水上勉の作品について考察してみる。
大衆文学として書かれた『五番町夕霧楼』(1963)は、放火犯の幼馴染の夕子が主人公である。夕子は架空の人物であり、丹後の寒村から京都の遊郭に買い取られて遊女となる。そんな夕子と、後の放火犯との悲恋を描く。水上勉のこの作品は、三島の『金閣寺』へのリプライとされているが、直接的な『金閣寺』へ応答はなく、水上独自の犯人像を描く。作中の犯人は「もともとは純真で明るく優しい性格だった」とされており、この犯人像は当時の水上のイメージにほかならない。
一方、水上が関係者の証言を積み重ねて書き上げた『金閣炎上』(1979)は、小説というよりもドキュメンタリーというべき作品であり、犯人の性格分析に重きをおく。犯人の性格と放火の動機については、「強情で神経質な性格で賢愚を装うことを嫌い、金づると化していた金閣寺に憤り、金閣を焼くことで世間の目を覚まさせようとして放火した」と記している。その他にも、病気による将来の不安と絶望や寺内でのいじめ、排斥などを指摘し、おもに内面的・精神的な原因の放火と水上はみている。

人格形成と風土性
水上は、『金閣炎上』執筆のため、放火犯(林)の故郷、京都府舞鶴市成生を訪れている。訪問時の感想には「他所から来る人間を目の奥で密かに観察しているような態度など、成生ならではの気風や違和感を感じた」と記しており、これらの特徴から、水上は、日本海側地域の陰湿とした風土性と林の性格を関連付けている。しかしながら、日本海沿岸で生まれ育った人間がみな林のような強情で偏屈な個性をもつわけではない。やはり、林個人の資質の問題ではないかと考える。

金閣放火に対する三島と水上のスタンス
次に金閣放火に対する三島と水上のスタンスをまとめてみる。
上記のように三島は放火犯(林養賢)を通して三島自身の美学を表現している。また、三島の『若きサムライのために』で主張されている「本気の主張」に、若き修行僧が実行した金閣放火が当てはまり、三島は林の行動に魅入られて『金閣寺』を書きだしたのかもしれないし、林の行動が三島の割腹を後押ししたのかもしれない。
一方、水上は放火犯(林)に自身を重ねている。水上も日本海側の生まれであり、林のように禅寺の小僧だった過去もある。禅寺の実状については自身も経験したことがあったため、林の内面や性格の歪みの原因を環境や周囲の影響など、どこか別のところに見出そうとしているように感じた。
以上が作品から考察した犯人像、作家の感性の比較である。
次に、近年注目されている「若者の居場所の喪失」という観点から金閣放火を捉え直してみたい。参考とした図書は以下の通り。




居場所を失くした若者たちへ
最後に唐突ながら、今年(2022)1月中旬の大学共通テストで発生した事件を取り上げて金閣放火事件の比較材料にしてみたい。東京大学の門前で、愛知県在住の高校2年生が共通テストの受験生ら3名を刃物で切りつけた刺傷事件は国民に衝撃を与えた。犯人は東大医学部(理科Ⅲ類)をめざしていたが、成績が振るわなくなって入学を断念せざるをえなくなり、「事件を起こして死のうと思った」などと供述している。幸福に満ち溢れた「未来の居場所」を奪われたことで自暴自棄となり、大学共通テストを受ける受験生の「未来の居場所」をも奪ってしまおうと考えたのではないか、と推察される。犯罪心理学の社会学的アプローチによると、達成可能な「夢」を叶えるために「努力」を積み重ねていたとしても、夢が実現できなかった場合、不満や怒りを抑えきれなくなり、自らを慰めるために反社会的行動に出る傾向があるという。
金閣放火犯(林)の場合、吃音という障がいのために幼少期からいじめにあい、金閣寺内でも疎外されていた。『金閣炎上』では「寺でも故郷でも生きていけない」と林自身が吐露している。現在にも未来にも居場所を失っていた林は、腐敗した禅寺の金づると化した金閣を焼失させることで、自分を疎外した住職や小僧の居場所をも奪おうとしたのではないか。この点、東大門前の受験生刺傷事件と金閣放火事件には類似する心理的背景があったように思われる。
近年、競争社会の激化に伴い、若者や子どもの居場所の喪失が社会学的に問題化している。今回取り上げた刺傷事件・金閣放火の容疑者も若者であり、居場所を失った若者が反社会的行為に走るという案件は他にも少なくないであろう。もともと人間の世界は多種多様な人々の「ごちゃまぜ」であり、そうした「ごちゃまぜ」のなかで、多くの人々は自分の居場所と生きがいを模索している。その居場所は人によって異なる。だとすれば、刺傷事件をおこした高校生に対しては、教育者の側が成績の高低ばかりに目をむけるのではなく、「東大に入ることだけが幸福なことではなく、また別のところに自分の居場所と幸福がある」ことを諭す必要があったのではないか。金閣放火犯に対しても、その人物にふさわしい居場所と役割を与えることが上位にたつ仏教者の務めであり、そういう努力を怠ったからこそ、若者は金閣に放火することになってしまったように思えてならない。反社会的行為をした若者だけに責任があるのではなく、自らは堕落しながらも若者に居場所を与えなかった周囲の大人にも責任がないとは言えないだろう。教職課程で学んだ一学生として、居場所を喪失した若者を、その人にふさわしい居場所に導けるような努力を怠ってはならない、と痛感した。いま言えるのはこの程度のことではあるけれども、金閣放火事件に学んだ卒業論文の結論である。

【参考文献・参考サイト】
① 三島由紀夫(1969)『若きサムライのために』日本教文
② 三島由紀夫(1969)『文化防衛論』新潮社
③ 田中美代子(2006)『三島由紀夫 神の影法師』新潮社
④ 熊野純彦(2020)『人と思想197三島由紀夫』清水書院
⑤ 佐藤秀明(2020)『季刊文科81号 特集・没後50年の三島由紀夫』鳥影社
⑥ 柳下換/高橋寛人(2019)『居場所づくりにいま必要なこと‐子ども・若者の生きづらさに寄りそう』明石書店
⑥ 阿部彩(2011)『弱者の居場所がない社会‐貧困・格差と社会的包摂』講談社
⑦ 阿部真大(2011)『居場所の社会学‐生きづらさを超えて』日本経済新聞出版社
⑧ 総合人間学会(2015)『<居場所>の喪失、これからの<居場所>:成長・競争社会とその先へ』学文社
⑨ study LABO大学の新しい学び方スタディラボ(2021)< https://studyu.jp/feature/theme/criminal_psychology/>
2022年2月10日閲覧

《おまけ》 これは昨年4月、大学院授業のため教師が作成したものです。