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再考-遺跡整備と復元建物 インタビュー

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東京通信-人は何に胸を打たれるのか

 4月5日(火)の昼下がり、東京の通信社から突然のメールがあった。そのときちょうど新刊報告書の郵送宛名書きに追われていたので、てっきり菅原遺跡のことが主題であろうと思い込んでしまった。宛名書きはその前夜から始めていて、霞ヶ関の担当部局にも送ろうということで、旧同僚の知人に宛先と冊数などを確認しようと電話したところ、結構長話になった。この年末年始から奈良で物騒な報道が立て続けにあり、その件については不問に伏せて話をしようと思っていたのだが、知人は我慢がならないようで次第に高揚し、「○○だけは絶対許せない」と連呼した。読者はなんのことだか分からないでしょうが、大げさではなく、組織を揺るがすほどの大事件(の連続)だったからである。もちろん菅原遺跡の保存の件や、昨年(2021)世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」のことも話題になった。そんな翌日に東京在住の文化財担当記者さんから電話が来たものだから、てっきり知人の紹介なのだろうと思ったら、そうではなかった。以下、1本めのメールを抜粋する。

  弊社では現在、世界遺産や文化財を巡る現状や課題を取り上げる連載を
  地方新聞に配信し、掲載していただいております。
  今回は「遺跡や埋蔵文化財を伝える難しさ」といったテーマで、
  価値を伝えるための各地の工夫を紹介する予定です。
  その関連で、先生のCG復元の取り組みや、復元に対するお考えを
  インタビュー形式で紹介したいと考えております。
  (NHK鳥取の特集や、ブログはすでに参照させていただきました)

 まもなく電話がつながり、日程を調整した結果、翌6日に早くも来鳥され、大学で取材を受けた。
 主題は菅原遺跡ではなく、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」であった。たしかに私は研究所時代、この地域の縄文集落の整備に係わっていた。公務としては平城宮の発掘調査と復元事業を日々こなしながら、東北・北海道にも足繁く通った。それは、三内丸山や吉野ヶ里をはじめとする考古学と遺跡の狂想の時代であり、その喧噪に終止符を打ったのは2000年に露呈した旧石器ねつ造事件である。この喧噪とねつ造の両方の背景にいた中心人物(黒幕)がだれなのか、文化財関係者ならだれでも知っている。鳥取県の妻木晩田遺跡の保存も、その人物が主導したものであり、あのころ県の文化財課はすっかりヒールの役回りを強いられていたが、正義の味方のように振る舞う女性研究者と黒幕の不徳な癒着の噂もまことしやかに語り継がれている。


牧DSC_1210 牧谷窯小皿(アルマーレ)



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カモシカ雑貨(上:牧谷  下・右:小鹿田)


 もちろん取材の核は「復元」の問題となる。わたしは復元研究を今でも細々続けているが、復元事業からは完全に撤退している。そんな人物がNHKローカルで発言をした内容が記者さんの目にとまり、東京から鳥取まで馳せ参じてくださったのである。遺跡整備に復元建物は必要なのか、復元建物に代わる表現手段-CGやVRや覆屋-は有効なのか、などの話をした。世界遺産そのものの存在意義についても触れた。肝心なことは何か、と言えば、訪問者は何に感動しているのか、もういちどその場所を訪れようとする動機となるものは何なのか。それは復元建物ではない・・・というような話題で取材を締めくくった。
 遺跡整備に関して、埋蔵文化財行政の人たちとは話が通じないと思うことがしばしばあるけれども、その記者さんの眼差しや疑問点には私と共通するところが少なくない。要するに、当該の主題に関して波長のあう人物であり、この人になら文章を任せてもよいと思った。珍しいことである。GWころまでには特集記事になるらしい。記者さんはもちろんインタビューを録音していたが、自分も録音しておくんだったと後悔している。「復元」については半ば引退していた状態で、自分の主張を忘れかけていたところを掘り起こしていただいて感謝している。できればこちらでもテープ起こしし、インタビューの全体像を何かの刊行物に掲載したいという気持ちが湧いてきた。仮に公刊するとなったとしても、早くて今年度後期、常識的には年度末になるであろうが。


0405牧谷窯01 左:牧谷 右:因久山


牧谷窯と小鹿田焼

 夕方、高槻で購入した器を初めて使って食事した。アルマーレでパスタ・ランチをしたときに使われていた牧谷窯の皿が妙に垢抜けてポップだったのもので、気になったのだが、岩美の里山にある窯元での直売はなく、大阪の雑貨店を訪問するか、通信販売しかない、と教えられた。春休みに奈良から高槻まで車ででかけ、カモシカ雑貨店の本店で牧谷窯の皿を何枚かみせていただいた。結局、大皿を一枚だけ買った。牧谷窯のポップな感覚は素晴らしいものだが、年齢を重ねた老人が若者のTシャツを纏うような気分になり、他の窯元の作品、とくに私が最も敬愛する大分の小鹿田焼と比べるとやはり自分に似合うのはこちらの方だと思い直し、小鹿田焼の夫婦茶碗も買うことにした。岩美の牧谷窯や延興寺窯は新しい感覚の陶器であり、我が家にわんさかある因久山焼は古くさいデザインのように思ったりしたが、家に戻って比べてみると、因久山も決して劣らぬ魅力がある。というか、小鹿田焼や因久山焼の方が我が家にお似合いの器だと改めて感じ入った。


牧DSC_1213
珈琲カップとショコラケーキの皿が延興寺。おしぼり受けが牧谷。パンナコッタの皿は利休??
(アルマーレ)




カーペンターズのベストアルバムを18円(送料別)で取り寄せ、毎日車で聴いています。
若いころは敢えて軽視していたんですが、完璧ですね。モノがちがう。それにしても、大工さんズって・・・(笑)

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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