六度目の大杉-文化財価値と持続可能性

年末の豪雪で庇が壊れたNIPPONIA
旧養蚕民家の豪雪被害
3月24日(木)、先生ご夫妻と兵庫県養父市大屋町の重伝建「大杉」を訪れました。先生は、大学をあと3年で定年退職されます。現在、退職後の別荘兼アトリエになりうるリフォーム物件を探されており、このたび候補に挙がったのが大杉地区の古民家でした。研究室の分館としての活用も視野に入れています。大杉は年末以降の豪雪により、いくつかの建物に被害が生じていました。屋根に積もった雪が落ちて1階の庇を大破させてしまっているのです。宿泊施設NIPPONIAもそうした被害を受けており、休業中でした。大半の被災住宅では、半壊状態の庇屋根をつっかえ棒で支えて仮補強の応急処置をしていました。これらの被災民家は、国の重要伝統的建造物群保存地区の一部であり、後日、重伝建の補助金で修理されるとのことです。



(左)NIPPONIA全景 (右)つっかえ棒で庇を支えた民家
空き家探索(1)
今回の件は昨年12月17日に開催した民宿「いろり」での交流会の情報交換に基づいています。重伝建地区内部で半数を占める空き家に移住者を呼び込む工夫として、古民家の外観を維持保全しながらも、内部は快適性を高める改修をして外部からの移住者を迎える必要がある、というような議論をしました。先生自身、長年民家や町並みの保全に係わり、居心地のよい民家への脱皮の必要性を日々考えられています。とりわけ昨年からカールベンクスさんの古民家改修に接して、あのような再生古民家なら自ら住む価値が十分あると考えるようになっておられました。自らが移住者になってもよいというお考えです。
このたびは、河辺会長(町並み保存会)と河辺さん(建築家)のお二方に空き家探しのご案内をしていただきました。空き家を選定しリフォームするにあたり、いくつか条件がありました。なかでも一番重要なことは住み心地の良い家に改修できるか否かです(とくに規模が重要です)。カールベンクスさんの再生古民家のように、薪ストーブや洋風の家具・骨董等を内部に導入することはとても魅力的だと私も思います。なにより、先生の奥様は軽度の身障者であり、内部に大きな段差などがある場合、生活に著しい不具合が発生します。ご紹介いただいた物件の中で、一番可能性を感じたのは、集落北側に位置する3階建のM家です。M家は屋敷地の最奥部に建つ主屋に加え、主屋手前には牛小屋などの雑舎が建ち並んでいます。M家も庇を損壊していましたが、重伝建の補助金で修理が行われます。
大杉の空き家は不動産として価格がリーズナブルである点も大きな魅力です。1階はとても広くて、住居兼アトリエとして再生可能であり、2階では演習室に2段ベッドを作り付けなどすればゼミ活動や宿泊も可能になります。M家の内部をみることはできませんでしたが、他の民家とほぼ同じであるとすれば、おおむね修景と改修の方向性はみてとれました。



養父市文化交流施設 木彫展示館
集落内の候補物件をひととおり見てまわった後、木彫展示館の案内もしていただきました。築120年余の旧栃尾診療所を修理し、主屋を木彫の展示館、旧診療所は休憩所としています。主屋の畳座敷や土蔵、土間の一部には、平成6年から始まった「公募展木彫フォークアート・おおや」の歴代の優秀作品が常設展示されています。数多くの作品がありましたが、私が一番印象に残っているのは、第2回グランプリ賞の「エスケープ」です。木彫りとは思えないほどリアルな作品であり、自由気ままな猫が本の中からも飛び出してしまっているところに面白さを感じました(↓)。それにしても、日本全国どこに行っても猫ブームですね。木彫展示館でも猫を主題とする作品は多かったです。じつを言うと、先生ご夫妻はこの御宅、とくに旧診療所がいちばん気に入られたようで、ここなら「快適に住めるかもしれない」と本音を仰っていました。

文化財価値と持続可能性のバランス
木彫展示館から駐車場にもどる途中、修理物件の写真撮影に来ていた養父市教委文化財技師のYさんとお会いしました。そこで、突然「民家を改修したいなら重伝建地区の外でやればいいでしょ」という感情的な発言があり、先生がそれに反論されました。この議論については私にも考えがあるので、第3者の立場から意見を述べておきます。
先生は、重伝建の古民家の外観をほぼそのまま維持し、内部を居住者の暮らしやすい空間に改修したモデルハウスをまずは1軒誕生させて移住者を呼び込もうという提案をされました。それに対してY技師は、重伝建内の旧養蚕民家は歴史的に重要な資料だから、内部も外観も今ある姿を残すことを重視し、内部の改修に対して良いイメージを持っていません。今後「指定」にもっていかなければいけないので民家に触ってほしくない、とも言われました。さらに、これから20~30年、100年先まで残したい民家だとも話されていました。
3階建養蚕農家の伝統を守り伝えるのは、とても大事なことだと思います。そのために2軒ほど指定文化財が誕生するのも良いことではありますが、すべての民家を指定文化財にすることは不可能です。現状では保存地区内27棟のうち、5棟が宿泊・展示施設等に転用されているだけで、半数は空き家の状態です。大杉に定住することなく時々帰郷する民家所有者が多く、後継ぎ問題が日々深刻化していることを強く感じました。すでに現状で大杉は「限界集落」のカテゴリーに含まれます。これから先、集落の人口がさらに減少して「廃村」に近づいた場合、30戸近い建造物群の維持や管理をだれが担うのでしょうか。その地域に人がいなくなり、ゴーストタウンになってもこの民家群を残し続けるのでしょうか。あるいは、残せるのでしょうか。


凍結保存の問題点
考古学専攻のYさんは、民家を埋蔵文化財のような歴史的遺物の一つと捉えていて、その古態を維持することばかりに腐心されていますが、大杉集落の持続可能性については全く触れられませんでした。言い換えるならば、重伝建内の建造物すべてを指定文化財のように捉え、凍結保存以外容認しないという姿勢が強く感じられます。一方、今回わたしたちは、移住する側の立場で、重伝建地区内の空き家をみてまわり、再生の方法を模索していました。わたし個人は、3階建養蚕民家群の景観を守るためにも、一部の指定文化財候補を除いて、住み心地の良さを重視した内部改修による移住の促進を図るべきと考えます。六度も大杉を訪問して真剣に家の購入を検討している移住候補者に対して、行政の職権を超えた技師の介入があり、結果として、大杉での古民家購入・再生の気持ちが揺らいだ一日となりました。とても残念に思います。(滅私)

《教師補足》 国の選定を受けた重伝建地区の建造物は、外観と主要な骨組をできるだけ維持しなくてはならないが、内部の改修については自由度が許容されている(登録文化財もこれに近い)。そうした原則があるにも拘わらず、空き家を物色している訪問者に対して、いきなり重伝建の外で改修せよ、というのは、教育委員会担当技師の発言とは到底思えなかった。一定の基準に照らした指導ではなく、個人の感情の発露であり、越権行為と判断される。技師は考古学専攻であり、重伝建の担当歴が浅く、建築史の能力(年代判定など)も持ち得ていない。全国の類例の視察を十分おこなっているわけでもない。これを指摘すると、「まだ私は入口ですから」と繰り返し答えた。「入口」程度の経験と知識しかない人材が大口を叩く場合、それは「無知」を因とした不条理な発言となる。自分たちもそういう保守的なものの見方をする時期がかつてあったのかもしれない。今回は、移住者の側に立って古民家をみて回った。その場合、当然のことながら、住むことの快適性が優先事項の一つとなる。文化財価値の維持と快適性の向上のバランスという古くて新しい課題を再考する機会となったわけだが、バランスを欠いた思考に陥ることのないよう自戒に努めたい。

《関係サイト》
四度目の大杉ー学生レポート
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2458.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2459.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2461.html
五度目の大杉
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2483.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2484.html