ウクライナ雑感(1)
洗脳される若者たち
昼の情報番組「ひるおび」で若い哲学者が「プーチンは確かに悪い。しかし、ロシア国民までも悪者にするのではなく、かれらとの融和や情報交換により、ロシアの専制体制を変えていくべき」という発言をした。そのとおりだと思う。しかし、こうした共産主義国家との交流にはつねに間諜の問題がつきまとう。とりわけ今回の騒動の場合、すでに世界を巻き込んでおり、その情報戦は身近なところにまで及んできたことを肌で感じている。おまけに、そうしたお庭番はロシア人だけではない。日本人にもいることを知っておかなければならない。
最近、二人の若者から中立を装う発言を聞く機会があった。一人は学生であり、いま一人は某自治体議員を務めている大学のOBである。かれらの主張を箇条書きしておこう。
1)いまは戦争状態にあり、プロパガンダをおこなって自国の正当性を主張しているのはロシアだけでなく、ウクライナも同じである。だから、メディアやネットで流れる西側の報道を真実として受け入れるのは危険であり、報道は出来るだけ視ないようにしている。あるいは距離をおいている。
2)ウクライナのゼレンスキー政権はネオナチ、アゾフ大隊はそのシンボルであり、ロシア政府がこれらを駆逐しようとすることにも理がある。
3)戦争をしている一方の側を支援し、義援金を送金することはできない。ウクライナは軍需産業で儲けており、大使館に送金した場合、何に使われるか分からない。県庁に置かれている募金箱もよくない。
おおむねこういう意見であった。学生の意見は黙認したが、議員には反論した。1)については、まず「戦争」という認識が間違っている。戦争ならば、ロシアの国土でも戦闘が発生していいはずだが、95%以上の戦闘はウクライナ国内でおこなわれ、夥しい数の死傷者や避難民が発生している。これは明らかに「侵略」である。また、報道が偏っているというのなら、ウクライナ国民が自らのスマホで記録し発信した動画・写真をみた方がいい。そこには侵略の惨状がリアルに映し出されている。現地に赴き死と隣り合わせの状態で取材を続ける戦場カメラマンやジャーナリストの報道に敢えて目を背けるのは、侵略者であるロシアに与しているのと同じである。中立を保つために報道に接しないという態度では、いま起きている惨状の真実には近づけない。溢れかえる報道やネット情報の真偽を自ら見極める必要がある。
2)については、2014年のクリミア半島侵攻以降のドンバス内戦において、親露派(分離派)と義勇軍の戦いが際だって印象的に歪曲されたものである(映画『ウクライナ・クライシス』がその状況を中立的に描いている)。アゾフ大隊はたしかにネオナチ的な指向をもつ極右勢力であったが、国軍に編入されて後はその傾向を薄め、近年はユダヤ教徒も大隊に加わっている。仮にアゾフ大隊がネオナチ/ネオコンであったとしても、国境を越えてロシアに攻め入ったわけではない。ロシアがアゾフを除去したいというのなら、ルガンスク・ドネツクの地域紛争にとどめるべきであり、首都キーウの陥落をめざす必要はなかったし、核兵器の使用をちらつかせて西側諸国を恫喝する必要もなかった。ロシアは最初からウクライナ全土を制圧し、傀儡政権の樹立をめざしていた。西側に近い旧ソ連の構成国をロシアの植民地にしようとしたのである。
ウクライナという国家は全体主義的な思想をもっていないし、もちえない。ただただロシアの恐怖政治から逃れ、EU/NATOの民主主義勢力に参入したいという希望があり、そうした意向をもつ国民が選挙で選んだのがゼレンスキー大統領だということである。言い換えるならば、スターリン等に虐げられたソ連時代には二度と戻りたくないという強い意志をあらわしている。こうして選ばれたゼレンスキーをネオナチ/ネオコンと誹謗するプーチンこそが前世紀的な全体主義・覇権主義の独裁者であり、でなければ、21世紀のこの時代にあって隣国に侵攻するなどありえないことである。いま起きている事態は地域紛争ではなく、世界を破滅に導く狂った暴挙としかいいようがない。
そもそもゼレンスキーは、ナチのホロコースト(大量虐殺)の対象とされたユダヤ人である。反ナチの典型というべき人物だが、ロシアのラブロフ外相は「ヒットラーにはユダヤ人の血が流れている」と失言し、あくまで「ゼレンスキー=ナチ説」にこだわった結果、イスラエルが激怒し、全世界のユダヤ人を敵にまわすことになった。
3)の軍需産業で儲けているのはロシアの方である。北朝鮮に武器を供与している張本人であり、日本の最大の脅威になっている。県庁の募金箱に募金して、その義援金が大使館やウクライナ政府に渡るのがイヤなら、ユニセフでも国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でもどこでも適切な機関に送金することだ。一千万人を超える避難民の生活(衣食住・雇用・言語習得等)の支援は緊急を要している。避難民が発生しているのはウクライナの側だけであり、ロシア国民は経済制裁の影響をいかほどか受けているだろうが、住む家を失っているわけではない。この現実一つをとってみても、このたびの騒乱は、双方対等の「戦争」ではなく、一方的な「侵略」であることは明々白々であろう。
ちなみに、ロシアがウクライナに侵攻したのは、ウクライナがNATOに加わりたかったからではなく、NATOに所属していなかったからである。バルト3国やポーランドではなく、ウクライナが餌食となったのはそういう理由による。ウクライナとともに標的にされていたのが非NATO系の日本だということを重く受け止めねばならない。
人道回廊を通って避難する人々を狙い撃ちするわけですから、「停戦」と言われてもピンときませんね。

情報操作に加担するインフルエンサー
私は若い二人の主張があまりにも似通っているので、どこかに情報源が存在するのだろうと思った。すなわち、インフルエンサーの思想に強く洗脳されていると思い質問したのだが、答えはなかった。しかし、ヤフコメをチェックしていくと、類似する主張をいくつも確認できる。いちいちサイトをあげるのは控えるけれども、アゾフスタリ製鉄所の籠城戦を例にとると、「ロシアが脱出を妨害しているのではなく、アゾフ大隊が市民を楯にして地下に立て籠っているのだから、攻撃されても仕方ない」というような論調の親露的コメントが散見され、驚かされる。これに対してはもちろん多数の反論も寄せられている。気になって「アゾフ大隊」をwikipediaで再閲覧すると、3月に一読したときの20倍ぐらいまで文章が膨らんでいる。おそらく外国語(ロシア語?)から翻訳した和訳文のため読みにくく、アゾフ大隊のネオナチ性・残虐性をくり返し強調している。日本のネット上で諜報情報活動が深く浸透してきていることの証である。これらの情報に若者たちが洗脳されつつあるのだろう。
こうしたロシア寄りのコメントが溢れている状態は、昨年の自民党総裁戦を彷彿とさせる。極右思想をもつ候補を爆上げし、対立する小石河陣営を爆下げするコメントがヤフコメやユーチューブに溢れていた。異常というほかないその現象の裏にいたのが元主将であることは容易に想像された。今回はだれが黒幕なのか、といえば、ロシア諜報当局としかいいようがないだろうが、「ロシア問題に乗じて改憲しようとする与党はロシアよりひどい」と発言したり、防弾チョッキのウクライナ供与に反対した野党勢力だとか、ロシアの入国禁止者リストから外れた元主将など一連の政治家・評論家との関係も気になるところである。
無知という罪
夕方、庭いじりをしていて、蓮の鉢の水量をマッド氏に電話で訊ねるついでに、上のような話をしたところ、そのインフルエンサーは「馬渕さんですよ」とあっさり答えた。馬渕睦夫。元駐ウクライナ兼モルドヴァ大使。ブチャの虐殺をウクライナ軍の仕業だと言って憚らない保守の論客である。かれの発言については、下のサイトに要領よくまとめてある。トランプもプーチンもグローバリゼーションを進めるディープ・ステートと戦っている。ディープ・ステートの正体はユダヤ系のオリガルヒ(新興財閥)であり、ゼレンスキーもその一人だという理解だが、敵をユダヤ人に見立てているとすれば、その人物こそがネオ・ナチではないか。
【解説】 ウクライナ侵攻は「でっちあげ」というネットの偽情報
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61019300
チベット仏教では、邪教の教えとともに、「無知」を諸悪の根源とみなしている。無知を仏法で切り裂き、正しい思考を身につける。若者たちは、ロシア・ウクライナ地域の歴史、ソ連の歴史、ナチズムの実態、共産主義という恐怖、自由と民主主義への渇望について、あまりにも無知であり、無知であるが故に洗脳されやすい。予想もしなかったが、それを正すことも、この一年の課題になりそうで、少々頭が痛い。
