2022年度卒業論文(1)-中間報告
クンサン・チョデン著『トウガラシとチーズ ブータンの料理と社会』の翻訳と批評
Translation and review of Chilli and Cheese:Food and Society in Bhutan by Kunsan Choden(2005)
ASALABでは一昨年(2019)まで、ブータンの生活・仏教遺産等に係わる調査を8年連続でおこない、一定の成果を上げてきた。この2年間はcovid-19の蔓延により海外渡航が叶わなかった。私は3年次から、ブータン初の女性作家クンサン・チョデン(Kunzan Choden)の著書『トウガラシとチーズ-ブータンの料理と社会(原題: Chilli and Cheese :Food and Society in Bhutan)』(2008)の全訳に取り組んでいる。
1.本書の構成
本書は以下のような構成をしている。
1.Introduction
第1章 はじめに(序論)
2.Our Beliefs and Our Realities
第2章 ブータンの信仰と現実
3.Celebrating New Year
第3章 新年を祝う
4.The Bhutanese Kitchen
第4章 ブータンの台所
5.Food through the Ages
第5章 世々代々の食べ物
6.Food in Religion and Ritual
第6章 宗教と儀式の食べ物
7.Food for the Hungry Spirits
第7章 空腹な神霊に捧げる食べ物
8.Food Weighed, Measured and Stored
第8章 保存食
9.Lifecycle and Food
第9章 生活サイクルと食べ物
10.Tea and Tea Ceremonies
第10章 茶とその作法
11.Food for Enjoyment: Betel
第11章 嗜好品-キンマ(檳榔樹の実)
12.Chang: From Esoteric Offering to Drunken Brawl
第12章 チャン-密教供物から酔っ払いの喧嘩へ
13.Chilli and Cheese: The National Dish
第13章 トウガラシとチーズ-国民食
14.To za-Eat Food (Eat Rice)
第14章 米食
15.Less Known and Nearly Forgotten Foods
第15章 ほとんど知られていないか忘れられた食べ物
16.Vegetables for Mountain Environments
第16章 山の野菜
17.Buckwheat: The Crop of Cold, High Altitudes
第17章 ソバ-寒冷高地の穀物
18.Ju nor semchen: Wealth of Cattle and Other Animals
第18章 ジュノール・セムチェン-牛や他の動物がもたらす富
19.Foods from the Forests
第19章 森の食べ物
20.Foods of Nepali Origin
第20章 ネパール由来の食べ物
『トウガラシとチーズ-ブータンの料理と社会』の表紙・裏表紙
2.序論の翻訳抜粋
本研究のいちばんの目的は、チョデン女史の英文著作の全篇を丁寧に翻訳することだが、とくに重点を置く章は、書名にもなっている第13章「トウガラシとチーズ-国民食」と、研究室が取り組んでいる第17章「ソバ-寒冷高地の穀物」である。まずは序論のうち書題と係り深い部分(p.3-4)を抜粋して訳出する。
農業と食料生産: ブータンは伝統的に牧畜民と農民の社会であり、20世紀半ばまで都市は存在しなかった。農業は主に自給自足を目的としていた。現在、農業は労働力の63%を占め、GDPの24%を生み出す最も重要な経済部門となっている(2005統計)。ブータンは地形が非常に極端なため、農業に適した土地はごく一部で、耕作地は国土のわずか6%に過ぎない。残りの面積のうち72%は森林に覆われている。
過去の農業慣行に関して入手できる情報はほとんどない。標高や降水量に大きな開きがあり、生産環境は多様であるものの、高い標高、急勾配の傾斜、悪質な土壌、水不足といった理由で耕作限界に達しているところもある。ブータンの農民や遊牧民はそのような状況に適応した生産方法を考案し、過酷な山間部の環境で社会が発展するための基盤となっている。標高は作物栽培にとって大きな障壁となる。たとえば、バナナは標高1200mまでしか育たないが、米は2600m、トウモロコシは3000m、大麦、ソバ、ダイコン、カブは4000m、ジャガイモは4300mが上限になる。ヤク牛の飼育は、標高5000mの永久積雪線に接した草原で栽培されている。ヤク放牧者は標高3500~4000mの冬期放牧地の近くに定住している場合がある。この標高では、大麦、マスタード、ダイコン、カブなどを栽培する小さな畑があることもある。中央ブータンの高地では、小麦、大麦、ソバを混作している。標高2600~3500mでは、伝統的な焼畑pangshingによるソバ栽培システムが一般的であった。
Translation and review of Chilli and Cheese:Food and Society in Bhutan by Kunsan Choden(2005)
ASALABでは一昨年(2019)まで、ブータンの生活・仏教遺産等に係わる調査を8年連続でおこない、一定の成果を上げてきた。この2年間はcovid-19の蔓延により海外渡航が叶わなかった。私は3年次から、ブータン初の女性作家クンサン・チョデン(Kunzan Choden)の著書『トウガラシとチーズ-ブータンの料理と社会(原題: Chilli and Cheese :Food and Society in Bhutan)』(2008)の全訳に取り組んでいる。
1.本書の構成
本書は以下のような構成をしている。
1.Introduction
第1章 はじめに(序論)
2.Our Beliefs and Our Realities
第2章 ブータンの信仰と現実
3.Celebrating New Year
第3章 新年を祝う
4.The Bhutanese Kitchen
第4章 ブータンの台所
5.Food through the Ages
第5章 世々代々の食べ物
6.Food in Religion and Ritual
第6章 宗教と儀式の食べ物
7.Food for the Hungry Spirits
第7章 空腹な神霊に捧げる食べ物
8.Food Weighed, Measured and Stored
第8章 保存食
9.Lifecycle and Food
第9章 生活サイクルと食べ物
10.Tea and Tea Ceremonies
第10章 茶とその作法
11.Food for Enjoyment: Betel
第11章 嗜好品-キンマ(檳榔樹の実)
12.Chang: From Esoteric Offering to Drunken Brawl
第12章 チャン-密教供物から酔っ払いの喧嘩へ
13.Chilli and Cheese: The National Dish
第13章 トウガラシとチーズ-国民食
14.To za-Eat Food (Eat Rice)
第14章 米食
15.Less Known and Nearly Forgotten Foods
第15章 ほとんど知られていないか忘れられた食べ物
16.Vegetables for Mountain Environments
第16章 山の野菜
17.Buckwheat: The Crop of Cold, High Altitudes
第17章 ソバ-寒冷高地の穀物
18.Ju nor semchen: Wealth of Cattle and Other Animals
第18章 ジュノール・セムチェン-牛や他の動物がもたらす富
19.Foods from the Forests
第19章 森の食べ物
20.Foods of Nepali Origin
第20章 ネパール由来の食べ物


『トウガラシとチーズ-ブータンの料理と社会』の表紙・裏表紙
2.序論の翻訳抜粋
本研究のいちばんの目的は、チョデン女史の英文著作の全篇を丁寧に翻訳することだが、とくに重点を置く章は、書名にもなっている第13章「トウガラシとチーズ-国民食」と、研究室が取り組んでいる第17章「ソバ-寒冷高地の穀物」である。まずは序論のうち書題と係り深い部分(p.3-4)を抜粋して訳出する。
農業と食料生産: ブータンは伝統的に牧畜民と農民の社会であり、20世紀半ばまで都市は存在しなかった。農業は主に自給自足を目的としていた。現在、農業は労働力の63%を占め、GDPの24%を生み出す最も重要な経済部門となっている(2005統計)。ブータンは地形が非常に極端なため、農業に適した土地はごく一部で、耕作地は国土のわずか6%に過ぎない。残りの面積のうち72%は森林に覆われている。
過去の農業慣行に関して入手できる情報はほとんどない。標高や降水量に大きな開きがあり、生産環境は多様であるものの、高い標高、急勾配の傾斜、悪質な土壌、水不足といった理由で耕作限界に達しているところもある。ブータンの農民や遊牧民はそのような状況に適応した生産方法を考案し、過酷な山間部の環境で社会が発展するための基盤となっている。標高は作物栽培にとって大きな障壁となる。たとえば、バナナは標高1200mまでしか育たないが、米は2600m、トウモロコシは3000m、大麦、ソバ、ダイコン、カブは4000m、ジャガイモは4300mが上限になる。ヤク牛の飼育は、標高5000mの永久積雪線に接した草原で栽培されている。ヤク放牧者は標高3500~4000mの冬期放牧地の近くに定住している場合がある。この標高では、大麦、マスタード、ダイコン、カブなどを栽培する小さな畑があることもある。中央ブータンの高地では、小麦、大麦、ソバを混作している。標高2600~3500mでは、伝統的な焼畑pangshingによるソバ栽培システムが一般的であった。
3.第13章の翻訳抜粋
本書の核心部分である第13章を抜粋訳する。
ブータン料理のトウガラシ: (トウガラシがインドから)ブータンの厨房に伝わると、料理を一変させ、味覚の限界を激辛料理の新たなレベルに引き上げた。今日、おそらく薬用食品と離乳食を除いて、トウガラシなしで調理される料理はない。ブータンの料理人は「トウガラシなしで料理する方法がわからない」と困惑しながら語り、さらに深刻なことに、ほとんどのブータン人は「トウガラシなしでは食べ物を食べることができない」と吐露する。
慣習的に、赤ん坊も当たり障りのない乳児食から引き離される。子どもはトウガラシで味付けされた食べ物を食べられると誇らしげに主張する親によって、早くも通常の(辛い)食べ物を食べ始める。親は子供たちに「トウガラシを食べれば早く成長する」と諭してトウガラシ食を勧める。トウガラシは食欲を増進させることが知られており、より多く食べることは確かに成長を促すので、この頻繁に語られる知恵は真実を含むのかもしれない。子どもたちが年をとるにつれて、トウガラシのない特別な食べ物は調理されなくなり、親や年長の兄弟は自分の皿から肉や野菜を選び、トウガラシの味を吸収させて幼い子どもたちに与える。このようにして、トウガラシの味覚が徐々に育まれる。トウガラシを食べることには明確な文化的課題があるのだ。トウガラシを食べることで「成長した」とみなされ、子どもたちはトウガラシを食べる能力に誇りをもっている。
4.おわりに-今後の課題
前期のうちに、グーグル翻訳を駆使して、全篇の粗訳をいちおう終えたが、もちろん機械翻訳は不正確であり、文章表現も拙い。「だ」調と「である」調が混在もしている。これらの不十分な点については、ワードのコメント欄に注記しており、後期は、その課題をクリアしながら、正確で読みやすい訳文に改稿するとともに、必要な訳注を付して全訳を完成させる。そして、「トウガラシ」と「ソバ」に焦点を絞り考察を深めていきたい
私は未だブータンを訪れていないが、3年次には、プナップ・ウゲン・ワンチュクの『本物のブータン料理本(Authentic BHUTANESE COOKBOOK)』(2014)を参照にして、ブータンのソバ料理や日常食(エマダッツィイ:トマトとチーズのトウガラシ炒め)などを試作し、2021年12月18日に兵庫県養父市の重伝建「大杉」の古民家で開催された交流会で住民に振舞った。また、標高4,800mのルナナ村に小学校教員として赴任した若き教師の心情変化を描く映画『ブータン 山の教室』(2019)を視聴し、「人間の居場所と幸福(wellbeing)の関係」について深く考えさせられた。ブータンへの想いは募る一方で、できればこの冬休みを利用してブータンに赴き、ブータンの食品・市場・厨房・農地などを視察したいが、コロナ禍と為替変動のため渡航費が高騰しており、調査が叶うか否か不明である。いずれにしても、研究室に蓄積された調査データや自分の経験を総合させて、ブータンの食文化をできるだけ広い視野から考察したいと思っている。(先端)
ブータン料理の試作(2021年12月18日)
《主要参考文献》
①Kunzang Choden (2008) Chilli and Cheese: Food and Society in Bhutan, White Lotus Co Ltd
②クンサン・チョデン(浅川研究室訳2015)『メンバツォ-炎たつ湖』公立鳥取環境大学
③同(2016)『心の余白-わたしの居場所はありませんか』同
④同(2017)『グルリンポチェがやってくる/命の着物』同
⑤井上裕太(2021卒論)「ブータンのソバ食文化」同
⑥浅川編(2021)「奇跡の雪山-ブータンとチベットの八年間」『能海寛と宇内一統宗教』同成社
⑦浅川編(2022)『ブータンの風に吹かれて-中後期密教空間の比較文化』公立鳥取環境大学開学20周年記念号
《参考サイト》
⑧《卒論》ブータンの蕎麦食文化
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2368.html?sp
⑨五度目の大杉(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2483.html#more
⑩五度目の大杉(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2484.html
⑪ブータン 山の教室
http://asalab.blog11.fc2.com/blog-entry-3070.html
⑫ブータン 山の教室-学生レポート
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2485.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2486.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2487.html
本書の核心部分である第13章を抜粋訳する。
ブータン料理のトウガラシ: (トウガラシがインドから)ブータンの厨房に伝わると、料理を一変させ、味覚の限界を激辛料理の新たなレベルに引き上げた。今日、おそらく薬用食品と離乳食を除いて、トウガラシなしで調理される料理はない。ブータンの料理人は「トウガラシなしで料理する方法がわからない」と困惑しながら語り、さらに深刻なことに、ほとんどのブータン人は「トウガラシなしでは食べ物を食べることができない」と吐露する。
慣習的に、赤ん坊も当たり障りのない乳児食から引き離される。子どもはトウガラシで味付けされた食べ物を食べられると誇らしげに主張する親によって、早くも通常の(辛い)食べ物を食べ始める。親は子供たちに「トウガラシを食べれば早く成長する」と諭してトウガラシ食を勧める。トウガラシは食欲を増進させることが知られており、より多く食べることは確かに成長を促すので、この頻繁に語られる知恵は真実を含むのかもしれない。子どもたちが年をとるにつれて、トウガラシのない特別な食べ物は調理されなくなり、親や年長の兄弟は自分の皿から肉や野菜を選び、トウガラシの味を吸収させて幼い子どもたちに与える。このようにして、トウガラシの味覚が徐々に育まれる。トウガラシを食べることには明確な文化的課題があるのだ。トウガラシを食べることで「成長した」とみなされ、子どもたちはトウガラシを食べる能力に誇りをもっている。
4.おわりに-今後の課題
前期のうちに、グーグル翻訳を駆使して、全篇の粗訳をいちおう終えたが、もちろん機械翻訳は不正確であり、文章表現も拙い。「だ」調と「である」調が混在もしている。これらの不十分な点については、ワードのコメント欄に注記しており、後期は、その課題をクリアしながら、正確で読みやすい訳文に改稿するとともに、必要な訳注を付して全訳を完成させる。そして、「トウガラシ」と「ソバ」に焦点を絞り考察を深めていきたい
私は未だブータンを訪れていないが、3年次には、プナップ・ウゲン・ワンチュクの『本物のブータン料理本(Authentic BHUTANESE COOKBOOK)』(2014)を参照にして、ブータンのソバ料理や日常食(エマダッツィイ:トマトとチーズのトウガラシ炒め)などを試作し、2021年12月18日に兵庫県養父市の重伝建「大杉」の古民家で開催された交流会で住民に振舞った。また、標高4,800mのルナナ村に小学校教員として赴任した若き教師の心情変化を描く映画『ブータン 山の教室』(2019)を視聴し、「人間の居場所と幸福(wellbeing)の関係」について深く考えさせられた。ブータンへの想いは募る一方で、できればこの冬休みを利用してブータンに赴き、ブータンの食品・市場・厨房・農地などを視察したいが、コロナ禍と為替変動のため渡航費が高騰しており、調査が叶うか否か不明である。いずれにしても、研究室に蓄積された調査データや自分の経験を総合させて、ブータンの食文化をできるだけ広い視野から考察したいと思っている。(先端)

《主要参考文献》
①Kunzang Choden (2008) Chilli and Cheese: Food and Society in Bhutan, White Lotus Co Ltd
②クンサン・チョデン(浅川研究室訳2015)『メンバツォ-炎たつ湖』公立鳥取環境大学
③同(2016)『心の余白-わたしの居場所はありませんか』同
④同(2017)『グルリンポチェがやってくる/命の着物』同
⑤井上裕太(2021卒論)「ブータンのソバ食文化」同
⑥浅川編(2021)「奇跡の雪山-ブータンとチベットの八年間」『能海寛と宇内一統宗教』同成社
⑦浅川編(2022)『ブータンの風に吹かれて-中後期密教空間の比較文化』公立鳥取環境大学開学20周年記念号
《参考サイト》
⑧《卒論》ブータンの蕎麦食文化
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2368.html?sp
⑨五度目の大杉(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2483.html#more
⑩五度目の大杉(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2484.html
⑪ブータン 山の教室
http://asalab.blog11.fc2.com/blog-entry-3070.html
⑫ブータン 山の教室-学生レポート
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2485.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2486.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2487.html