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文化的景観としてのラッキョウ畑 ― 福部砂丘の土地利用変化から《2022年度卒業論文概要》

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 こんにちは、コバコ―です。2月8日(水)の卒業研究発表会の発表内容と概要を報告いたします。卒業論文執筆に際し、多くの方々のご支援をいただきました。お力添えいただいた全ての皆様に感謝申し上げます。[2023年2月22日下書アップ]


題目: 文化的景観としてのラッキョウ畑 ― 福部砂丘の土地利用変化から
Scallion fields as cultural landscape -From the view of land use change in Fukube sand dune [中間報告]


研究の目的と概要

 ラッキョウ畑群は鳥取市福部町湯山一帯の砂丘の砂地を育成環境としている。山陰海岸国立公園特別保護地区の鳥取砂丘に隣接しており、同公園の第2種特別地域にあたる。ここで生産されるラッキョウは「地理的表示保護制度」に登録されているが、土地の保護とは無関係である。このように湯山のラッキョウ畑は、鳥取県有数の農業特産地だが、本研究は農業の特性よりも景観資源としての価値に注目している。たとえば、秋には赤紫のラッキョウの花が咲き乱れ、その耕作地はしばしば「ラベンダーの絨毯」と絵画的に表現される。このような景観地を文化財保護の立場から評価し、景観保全のあり方を模索する。この目標を実現するため、私は福部町湯山のラッキョウ畑でボランティア活動に4ヶ月間取り組んだ。その結果として、ラッキョウ耕作地が文化財保護法に規定する「重要文化的景観」もしくは「名勝」に値するものか否かを判断しようと考えた。


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砂丘とラッキョウ畑の変遷

 『福部村誌』(1981)によると、福部村でのラッキョウ栽培は江戸時代に遡る。参勤交代の付け人がラッキョウを持ち帰り、栽培が始まったとされ、主に自家消費用に細々と栽培されていたとされる。本格的な栽培は20世紀前期まで下り、1917年、15haの砂丘畑の開墾に成功、ラッキョウなどの産業組合が設立され、国鉄山陰本線の鉄道貨車を使って京阪神市場に根つきラッキョウを出荷していた。しかし、当時は輸送技術や芽止め技術が成熟しておらず、日光による変色のため長期販売も叶わなかった。また、戦時中の不要不急作物の統制令もあって、砂丘農業は停滞する。
 一方、鳥取砂丘は、1897年から陸軍の演習地となり、1945年の太平洋戦争終了までほとんど放置されていた。戦後、砂丘での防風・防砂の植林事業が本格化し、砂丘のほとんどに植林が行われる。また、食糧不足のため、国は砂丘の農地利用開拓を全国的に奨励・展開した。砂丘周辺の植林が進むなかで、民藝家の吉田璋也らは、自然資源としての砂丘の価値を見出し、砂丘を自然のまま残すよう国や自治体に働きかけた。その結果、1955年に浜坂砂丘の中心部30haが国の天然記念物に指定される。山陰海岸国定公園の指定も受け、砂丘の一部は自然保護の方向が定まる。1963年には国立公園に格上げされ、保護区域は146haまで拡大した。
 こうした自然保護は主に浜坂砂丘で進展し、そのエリアが今は「鳥取砂丘」と呼ばれている。一方、福部砂丘ではラッキョウが乾燥地に強い作物として再評価され、注目の的になっていく。砂丘ラッキョウは病害虫が少なく、無灌水でも艶のある小粒ラッキョウが生産されるばかりか、防砂効果を高く発揮したからである。海岸の砂地で栽培されるラッキョウは「砂丘ラッキョウ」という統一ブランドで販売されることとなり、福部村に払い下げられた旧陸軍演習地200haを基点として周囲に広がっていった。このように福部砂丘の農地開拓は増大の一途をたどりはじめるが、農具の機械化やスプリンクラーなどの灌漑設備の導入はまだなされていない。昭和30年代の農作業は全て人力であり、付近の湯山池からの水汲み作業、広大な農地にラッキョウの粒を手植えする作業は過酷を極め、「湯山の嫁殺し」という悪評が囁かれるほどだった。こうして、福部の岩戸海岸から東伯の白兎海岸まで数十キロに及ぶ戦前の鳥取砂丘は、中心部の浜坂砂丘を自然保護地区、東側の福部砂丘をラッキョウ耕作地、白兎海岸側の湖山砂丘を鳥取空港に変化させた。


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ラッキョウ畑の調査とボランティア

 ラッキョウ栽培の情報を聞き書きするだけでなく、それを体に染み込ませようと、湯山の農作業ボランティアに4か月間取り組んだ。現在ではスプリンクラーの設置や農機具の近代化により、昭和30年代のような過酷さはないが、人手不足が顕著になってきている。この地域でのラッキョウ栽培は、それぞれの農家の土地がパッチワークのようにバラバラに配置されている。これを克服するため、農家が相互に協力し、順番に互いの農地を共同作業することで、効率化を図っている。畑でみられたネズミノオやキバナツメクサなどの雑草は、葉が細長く、根が地面と平行かつ放射状に伸びるものが多い。根が絡まることで機械の故障原因になるため、現在も人力で雑草抜きが行われている。6月の収穫作業は主に機械によって行われ、私は収穫したラッキョウの運搬作業を補助した。これと同時期にラッキョウの鱗茎分け作業も行う。我々がラッキョウと呼ぶ白い可食部分が「鱗茎」であり、これを加工しやすいように小粒に分ける。また、このとき8月に植える鱗茎をより分けしておく。最後にそのラッキョウの植え付け作業である。機械で掘りあげた溝に、人力で一つずつ植えていく。途方もない作業量におののき、人手不足を痛感した。また、炎天下と砂の反射光によって、体力を著しく消耗した。昭和30年代では、植え付け作業の合間に水汲みまでおこなっていたのだから、「嫁殺し」という評判も大げさではないことが分かった。


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 こちらは「福部砂丘風景」の四季の変化である。春は雑草が多く、緑の風景が広がっており、夏にかけて雑草が取り去られると、緑色が抜けてベージュ色になる。この状態から収穫作業を経て、砂地が露わになる。秋の開花時期は赤紫の花が咲き、畑一面はラベンダー畑のようになり、冬は積雪によって耕作地が埋まり銀世界に変わる。花畑の風景を楽しむ観光客は少なくなく、らっきょう畑は、サイクリング・散歩道・マラソンのコースとしても活用されている。


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 さきほどまでは人間の目線で湯山砂丘の風景をみてきたが、今度は空から俯瞰してみる。砂丘にはところどころに植林がなされており、ラッキョウ畑を囲むように配置してある。これは戦後の植林の名残というだけでなく、畑地の防砂林としての役割がある。砂丘が不毛の地と言われたのは、海風によって巻き起こる飛砂の影響であるため、防風林が風と飛砂の勢いを弱めることで農地利用を可能となった。砂地だけでなく、住宅地の飛砂被害も軽減していると考えられる。


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名勝としての価値 

 文化財保護法に規定する名勝は、自然の峡谷や滝、著名な社寺の庭園や公園を指定の対象とするが、地形・地質や歴史文化の内実そのものではなく、人間の目線からみて「美しい風景か否か」という美的価値の判断が重視される。少々驚くのは、短期間しか花を咲かせない桜並木や牡丹園も名勝に指定されていることである。こういうやや極端な例をみると、文化財保護法の「名勝」は1919年制定の「史蹟名勝天然紀念物保存法」の概念をほぼそのまま受け継いでおり、少々古くさい価値観を反映したものと言えるかもしれない。桜並木や牡丹園が名勝に指定されているのだから、秋に花が咲き乱れる広大なラッキョウ畑も、当然のことながら名勝に指定される資格を有すると思われる。しかしながら、ラッキョウ畑群の景観価値は美的側面に限定されるわけではない。


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文化的景観としての価値 

 文化的景観(cultural landscape)という文化遺産のカテゴリーは、1992年の第16回世界遺産委員会で導入された。日本の場合、文化財保護法の史跡・名勝・天然記念物等でおおよそ対応可能だが、世界遺産条約が定義する4種類の文化的景観のうち「継続する景観」のみ対応カテゴリーが存在しなかった。「継続する景観」とは田畑・植林地など現在なお人間の活動によって変化している景観のことであり、日本では2004年の文化財保護法改定にあたって、これを「文化的景観」と名付け、新規導入された。「地域における人々の生活または生業及び風土により形成された景観地」と定義され、第一次産業に傾斜している。また、文化的景観のうち、とくに優れたものを「重要文化的景観」として国が選定する。これらの景観地は地域の歴史を反映する土地利用の結果を示すものであり、美的価値を強調する必要はない。福部砂丘ラッキョウ畑の場合、藩政期以降の砂丘の土地利用変化を如実に反映しており、とくに近代鳥取の農業を支えてきた耕作地なので、重要文化的景観の資格を十分備えるものと考える。


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名勝と文化的景観のまなざしの違い

 名勝と文化的景観の価値を評価する上で、景観に対する人間の行動の差は小さくない。これを文化人類学のエティック(etic)とイーミック(emic)という分析手法によって際立たせてみる。この二つの分析手法は、言語学の音声学(phonetics)と音韻論(phonemics)から派生したきたものである。名勝は景観地を訪問する人間が自らの目線で景観地の風景を絵画のようにとらえ、それを「美しいか否か」評価するものである。このように対象物を外から鑑賞して分析する方法を、文化人類学ではエティック(etic)と呼ぶ。さきほど名勝を少し古臭い価値観の反映だと述べたが、それはこのエティックな態度によるものかもしれない。


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 一方、文化的景観は、景観地の内側に入り込んで、歴史・文化・社会・経済等を深く理解しようとする。いわば演劇の配役、あるいは楽団の演奏者のような立場から、景観地を内在的に理解しようとする態度であり、このような異文化理解の手法を文化人類学ではイーミック(emic)と呼ぶ。本研究において、私が耕作地のボランティア活動に拘ったのは、こうしたイーミックな視座を獲得したいと願ったからである。訪問者として外側からラッキョウ畑を鑑賞しただけでは、ラッキョウ畑の景観的価値の全体像を把握できないと考えた。


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 文化的景観の特徴として、景観地を高所から俯瞰することにより、土地利用の表層を視覚的に捉え、その土地の歴史を読み解くことができる。福部のラッキョウ畑群の場合、全域を囲い分ける防砂林、その内側のラッキョウ畑群の景観は、砂丘地における生活や生業を如実に物語っており、土地利用の実態と歴史をより深く理解できる。ラッキョウ畑群は、秋の壮麗な風景から、名勝としての価値も十分に有しているが、この景観地の総合的な価値は、イーミックなまなざしでとらえた文化的景観の概念でこそ理解できるものであると私は考える。2019年に日本遺産「日本海の風が生んだ絶景と秘境」が認定された。鳥取砂丘はこの中核的エリアだが、湯山のラッキョウ畑は対象外とされている。山陰海岸国立公園の第2種特別地域に含まれるとはいえ、文化財としては未指定・未登録であり、景観地の保護政策は未だ動いていない。名勝の指定、もしくは重要文化的景観の選定に向けて、対策を講じるべきときが来ているとの思いを強くしている。もっとも、名勝指定を拒否するわけではない。
 ところで昨年より、耕作地にブルーネットの仮設塀が目立つようになった。この青いネットの内側は有機栽培の耕作地であり、昨年からラッキョウの有機栽培が試行され始めた。こうした新しい農業の試みが成功することを祈るばかりだが、ここで使われるネットなどの仮設構築物、あるいは遊歩道や休憩所の整備などに対して、名勝や重要文化的景観になったあかつきには、相応の補助金を使えるようになる。景観地の保護にとどまらず、景観地を活用した地域振興が進むことを願う。(小林功典)


《参考文献》
1.赤木三郎(1991)『地球の秘密をさぐる⑨砂丘の秘密』青木書店
2.浅川滋男編(2010)『「文化的景観」の解釈と応用による地域保全手法の検討-伝統的建造物群および史跡・名勝・天然記念物との相補正をめぐって-』平成11年度鳥取県環境学術研究費成果報告書
3.福部村誌編さん委員会(1981)『福部村誌』福部村役場
4.環境省(2014)『山陰海岸国立公園公園計画書』
5.奈良文化財研究所(2015)『文化的景観保存計画の概要(III)』奈良文化財研究所
6.大西正巳 近藤正史(1961)『砂丘の生いたち』大明堂
7.佐藤一郎(1986)『砂丘-その自然と利用』清文社
8.田中虎夫 星見清晴 松田晃幸(1994)『鳥取砂丘ものがたり』鳥取市社会教育事業団
9.徳永職男(1969)『鳥取県史 近代 第三巻 経済編』
10.鳥取県農会(1913)『因伯の園芸』鳥取県農会
11.鳥取県砂丘らっきょう沿革史編集委員会(2001)『鳥取県砂丘らっきょう沿革史』全国農業協同組合連合会鳥取県本部
12.読売新聞鳥取支局(1983)『砂丘物語』鳥取市観光協会
13.吉田璋也(1975)『鳥取砂丘』牧野出版
14.吉田璋也(1967)『鳥取砂丘への招待』金剛出版
15.ユネスコ世界遺産センター(2015)『世界遺産の文化的景観:保全・管理のためのハンドブック』

《参考サイト》
1.文化庁 名勝
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/meishou/
2.自然とともに育まれた文化的価値―「文化的景観」の可能性―
https://www.isan-no-sekai.jp/report/2151
3.祝 日本遺産認定~日本海の風が生んだ絶景と秘境-幸せを呼ぶ霊獣・麒麟が舞う大地「因幡・但馬」~
https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1557979038525/index.html
4.JA鳥取いなば 地理的表示保護制度とは
https://www.ja-tottoriinaba.jp/product/rakkyo/gi-rakkyo/
5.鳥取市観光サイト 鳥取砂丘らっきょう花マラソン大会
https://www.torican.jp/festival/detail_1095.html
6.鳥取を100%楽しむサイクリングルートガイド〜“とっとり横断”じてんしゃ旅へ
https://www.cyclesports.jp/topics/18242/
7.鳥取旅らっきょうの花
https://www.tottori-guide.jp/tourism/tour/view/828

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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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