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古民家再生の新機軸ー過疎地にさぐる居場所のあり方(2)

3.奇跡の集落-竹所の古民家再生

3-1.古民家部材再利用住宅の反省―鳥取環境大学学長公舎

(1) オーセンティシティとアメニティのバランス

 以上の考察をいったん整理しておこう。まず、重要文化財民家のように、オーセンティシティの維持に拘泥すると、民家は考古学的標本と化して、住む人の転居を招き無人化してしまう。一方、内部を大胆に改装して、住み心地の良さを求め過ぎるならば、その建造物は文化財としての価値や魅力を失ってしまいかねない。要するに、オーセンティシティ(真実性)とアメニティ(快適性)のバランスをどのように演出すべきか、が問われているのである。これについては、降幡廣信(1929-)らの先駆的建築家が早くから腐心してきた。ただ、そうした日本人の先達たちは、まず和風の建築空間を気映えよく整然と仕上げることに主眼を置いてきたように思われる。少なくとも、単一文化的な作風であったとは言えるだろう。

(2)鳥取環境大学学長公舎の失敗
 じつは、わたしも、空き家化した古民家の移築・再生を主導したことがあるのだが、その結果は満足ゆくものではなかった。2001年の鳥取環境大学開学にあたって、学長公舎を古民家の移築・再生によって建設することになり、私は設計者ではなかったけれども、指導委員会の委員長を務めた。選ばれた古民家は、茅葺き屋根を多く残す国府町神護(かんご)の明治時代後半(清末)の建築である。すでに空き家になって久しく、室内外の劣化が目立っていたが、まずは解体して再利用可能な部材や建具を選び、設計図を作成した。
 解体された部材や建具は、大学のある若葉台ニュータウンに運ばれ、再度組み上げられ、学長公舎の骨組となった。内部には新しい木板のフローリングが施され、キッチンや寝室は現代的な造作としている。こうして、現代的な住み心地の良さは確保したのだけれども、わたしには不満が残った。古材のリサイクル率が低く、公舎の外観がありふれた近代和風住宅になってしまったからである。古材のリサイクル率を高めると同時に、外観は茅葺き民家の姿に固執する必要はなかったけれども、地域のシンボルたる工夫が必要だったと思っている。こうして改めて取り上げても、やはりこの仕事に失敗したと後悔し、反省の念が消えない。


3-2.カール・ベンクスの挑戦

(1)限界集落に挑む東ドイツ出身の建築家

 わたしが学長校舎の建設に取り組んでいたころ、新潟の限界集落に移住し、ほぼ同じ手法で古民家再生に挑んでいたのが、旧東ドイツ出身の建築家、カール・ベンクスさんである。カールさんは、それまで日本人が思いつかなかった斬新な手法によって、多数の古民家を再生させれいった。
 ベルリン生まれのカール・ベンクスさんは、父が所蔵する『日本の生活と家屋』などブルーノ・タウト(Bruno Taut 1880-1938年)の著作を子供のころから読み親しんでおり、日本の文化と武道に愛着をもっていた。1966年に初来日し、大学で建築デザインを学び、1993年には新潟県竹所の古民家を購入して、自邸「双鶴庵」に再生させた。カールさんが購入した当時の民家は廃墟に近い空き家であった。土地と建物をあわせて150万円だったそうである。

(2)ベンクス夫妻の自邸「双鶴庵」 
 カール夫妻の自邸「双鶴庵」は、北陸特有の「中門造」民家を解体し、その主要部材を組み直して、内部を住みやすくしたものである。1階天井は部分的に取り去って、梁組・小屋組を露出させており、古材のオーセンティシティを誇示している。また、①ペアガラス、②厚さ10センチの断熱材、③床暖房、を組み合わせた防寒対策も万全である。内部は、基本的に椅子座式の西洋スタイルであり、リビングに置かれたピンクのソファが鮮やかに目を引く。ソファの前のガラステーブルの脚部は、古い囲炉裏の基礎石を再利用している。アメニティが高く、遊び心の旺盛なインテリア空間になっている。


(3)ハーフティンバーの外観に変貌する古民家
 竹所には、現在、カールさんの古民家再生住宅が11軒建っている。そのうち茅葺き屋根に覆われた民家は「双鶴庵」だけである。茅葺き屋根は大変高価であり、完成後の維持管理も骨が折れる。竹所の再生民家のうち9棟はドイツ式ハーフティンバーの外観になっており、壁の色もカラフルである。その場合でも、内部の和風木造構法はしっかり維持して露出させており、和と洋の絶妙なバランスを楽しめる。こうした洋風の改装を嫌う文化財の専門家もいるけれども、わたしは大賛成だ。古民家が、建設コストを抑えながら、おとぎ話の世界のような住まいに生まれ変わり、しかも、和風のエッセンスを十分残しているのだから。実際、カールさんのハーフティンバー民家を購入する人は少なくない。その結果、移住者によって村の人口は倍増している。
 「梨の木ハウス」の居住者は、カールさんの設計事務所で働く一級建築士、小野塚さんの一家である。和風木造の暖かい空間の中で家族全員が食事をとる。そのとき、薪ストーブが大活躍する。薪ストーブは暖かく、その炎が人の心を癒やすばかりか、一種のカマドでもあり、ピザなどの料理ができる優れものである。

(4)まつだいカールベンクスハウス
 松代カールベンクスハウスは、明治末(清末)の旅館を再生したものである。1階はフレンチ料理のカフェ・レストランで、ドイツの骨董とおぼしき扉を開けると、まるで東欧のバーのように重厚でおしゃれな空間があらわれる。それはヨーロッパの建具や家具を導入したから生まれた雰囲気ではなく、それら異国情緒溢れるインテリアと欄間・木鼻・箱階段・虹梁など和風の設えが絶妙にブレンドされた結果だと思われる。
 カールベンクスハウスの2階は設計事務所に改装されている。2021年の訪問時には、カールさん自らご案内くださった。写真はドイツ式のペアガラスの説明をうかがっているところである。けやき材を多用する豪壮な明治建築であるが、とくに設計にあたって留意されたのは、床の高さの調整であったようである。カールベンクスハウスの建つ松代の大通りは、かつて宿場町として栄えていたが、町並みが乱れ始めている。そこで、カールさんが一枚の修景パースを描いたところ、これをきっかけに商店街の再生事業として景観再生の助成制度ができた。現在、カールさんが町家の外装をデザインしなおす事業が進行中である。

(5)人口倍増とコミュニティの活性化
 一般的に、古民家を再生活用したところで、過疎地の人口が増えることはない。ところが、廃村間近だった竹所の人口は倍増し、何十年ぶりかで子どもが生まれ、この村ですくすく育っている。カールさんの古民家再生がたぐいまれな傑作であったことに加えて、カールさん夫妻の人柄がすばらしく、また、村人の対応も見事なものであった。村人はとても寛容な気持ちで、外国人や移住者を受け入れたのである。竹所は観光を歓迎していない。新旧住人によって構成される集落コミュニティの強化に力を入れている。野原の草刈りや冬の雪掻きなどの共同作業に加えて、クリスマス・パーティ、山菜パーティ、盆踊りなど多くの活動を村人総出でおこなっている。
 ここは居心地が良いのである。住み手にとっては、極上のウェルビーイングな場所であり、終の棲家なのだと思う。日本海側の過疎地は、人口流出によって活力が失われ、そこに住む人たちの誇りが薄れてきている。しかし、もともと自然と文化の豊かな地域であり、やり方を工夫すれば、人間の「居場所」として十分蘇生しうる。そのことを外国から移住した建築家が教えてくれたことを、日本人は少し反省したほうがよいかもしれない。
 カールさんは、雪を愛している。3m以上降り積もった雪原を長靴スキーを履いて散歩し、冬の集落景観を堪能するという。毎朝の雪掻き協働作業にも積極的に参加している。地域の住民が嫌がる豪雪でさえ、カールさんは前向きに捉えている。雪を愛する心と、過疎地の風土を愛する心には共鳴しあうところがある。【続】


《連載情報》 古民家再生の新機軸ー過疎地にさぐる居場所のあり方
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2673.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2676.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2677.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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