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古民家再生の新機軸ー過疎地にさぐる居場所のあり方(3)

4.余論-ブータンに学ぶ古民家活用と居場所のあり方

4-1.国民総幸福量(GNH)の理想と現実

(1)若者の国外流出

 ブータンは大乗仏教を国教とする唯一の国家であるが、非仏教的土着信仰も根強く息づいている。ハ(Haa)地区の土地神を祀るチュンドゥ(Chundu)寺は、表向きは仏教寺院であるけれども、じつはチュンドゥという土地神を祀っており、わたしたちが訪問した今年の9月1日には、年に一度の大祭が催されていた。
 ここは仏教寺院であるから、本堂の中心に大きな仏壇を配しているが、仏壇の両脇にチュンドゥとその弟ジョウヤの土地神を祀っている。仏教が修行者を悟りに導く崇高な役割を担うのに対して、土地神は地域住民の生活にご利益をもたらす存在だと信じられている。
 近年、ブータンでは、富を求める若者の国外流出が激増している。オーストラリアやアメリカに人気があるけれども、ワールドカップ・ドーハ大会の前からカタールへの移住も増えてきている。チュンドゥ寺の大祭で知り合った若い女性は、驚いたことに、ドーハのスターバックスで働いており、2週間の夏休みで帰省したところであった。このように、海外への移住者が順調にビザを取得し、海外で安寧な生活を送れるようにと、土地神へ祈りを捧げるのである。

(2)GNHの国づくりー仏教的世認識の下に
 ブータンは敬虔な仏教国である。今から50年以上前の1972年、第4代国王は、仏教の世界認識を背景にして、国民総幸福量GNH(Gross National Happiness)を提唱した。世界の人口の多くが、極度の経済的苦しみに直面していることからして、物質的発展が必要なことは言うまでもないが、豊かな北半球でさえ、不安やストレスなどの精神的苦しみが大きいことを考えると、心の充足が必要なことは、それ以上に明白である、として、GNHを国民総生産量GDP(Gross Domestic Product)に優先する国づくりを宣言する。こうしたGNHの考えは、いま世界的課題となっている環境保護、持続的発展、SDGs等の先駆けとなるものである。

4-2.GNH的生活世界の体験
(1)生きている古民家の活用

 1961年に第3代国王が鎖国制度を廃して、市場経済を導入した。しかし今でも、都市域を除く地方僻地の大半では自給自足的な生活を送っている。山間部に立ち入ると、ホテルもレストランも商店もほとんどなくなるので、私たちは、毎日のように、農家で食事をしたし、農家に宿泊したこともある。農家で提供される料理は、菜食主義を基本とする。

(2)自給自足の菜食主義
 レストランや旅館として正式に機能する農家は、道路沿いに大きな看板を掲げている。しかし、実際には、看板のない一般農家で食事をすることもしばしばある。たとえば、チュンドゥ寺で知り合った女性は、近隣にある実家でもてなしてくれたので、その翌日は、有料にして昼食をオーダーした。蕎麦のパンケーキ、乾燥マツタケ炒め、蕪スープの簡単な食事でしたが、とても満足できた。

(3)薪ストーブに癒されて
 冬のブータンは乾季にあたり、快晴が続く。ヒマラヤ山麓というイメージとは異なって、雪はほとんど積もらないが、気温はー7℃まで下がり、それなりに冷え込む。大型のホテルを除くと暖房空調施設は完備されていないが、宿泊コテージ等には、食堂にも寝室にも必ず薪ストーブがあり、朝夕の寒さをしのぐだけでなく、その炎に気持ちが癒され、心まで温かくなる。薪ストーブの薪は、販売品ではなく、各家が共有林から集めてきて、家の周りで乾燥させたものである。薪となる木材の伐採量は、政府によってコントロールされている。

(4)オーセンティックな生活空間―有形・無形文化の自然な融合     
 トンサ地区のベンジ村は、8世紀にチベットから逃れてきたボン教徒が居付いた秘境の「隠れ里」で、旧領主の大邸宅Nagtsanには母系の大家族が住んでいる。そこに私たちは寝泊りして調査した。この大邸宅の厨房兼食堂で、都合9回食事し、5回のお茶の時間にミルクティーやバター茶を飲んた。厨房の中心にあるのはやはり薪ストーブであり、大型のカマドの役割を果たしている。薪ストーブでチーズをつくったり、地酒を蒸留する過程も観察した。
 初めてこの厨房に入って食事したとき、あまりにリアルな食・住の文化に圧倒された。ブータン特有の木造建築空間の中で、ブータンの母系家族に囲まれ、ブータン農家の料理を食べる。他の民家でも似たような経験をしたことはあるけれども、「隠れ里」ベンジ村での文化的オーラは抜きんでていた。そこには無形と有形の文化が本来あるべき姿で複合的に現象している。本物のオーセンティシティとは何か、改めて考える機会を与えてくれた。



5.過疎地に潜む居場所の再発見

 最後に、クンサン・チョデン(Kunzan Choden 1951-)というブータンの女性作家を紹介する。クンサン・チョデンさんは、中央ブータンのタン渓谷ウゲンチョリン村に封建領主の娘として生まれた。両親の多忙により、幼少期は孤独な時間を過ごすことが多かったと聞く。でも、一人ぼっちではなかった。毎日のように、民話の語り部の会に参加し、昔話に熱中した。その後、彼女は初等教育からインド、アメリカなどの海外留学を経験するが、「自分とは何か」という問いかけを忘れることはなかったという。そのとき必ず幼少期の民話の記憶がよみがえり、ブータン人としてのアイデンティティを強く意識した。帰国後、ブータン初の女性作家となり、民話や小説などの執筆活動に邁進する。その著作の一部を、わたしたちの研究室でも翻訳している。
 彼女は、希望すれば異国の地にとどまれることができたであろうが、帰国の途を選択し、スイス人の夫とともに中央ブータン山間部の故郷で暮らし続けている。こうして地方の過疎地に住みながら執筆活動し、多くの著作を世に出しているのである。なお、彼女が生まれ育った大邸宅Nagtsanは小規模な城郭であり、中央の高層楼閣はすでに民俗博物館に生まれ変わり、そのまわりの施設はカフェ、ブックストア、旅客用のロッジとして整備されている。
 ここまで書けばご推察いただけるだろうが、カール・ベンクス夫妻とクンサン・チョデン夫妻には、明らかに共通点がある。カールさん夫妻は、たまたま訪れた異国の山村に惚れ込んで移住し、クンサン・チョデンさんは、長い海外生活を経験した後、自分の居場所は故郷にしかないという想いを強くし、帰郷した。彼女の夫はスイス人だから、立場はさらにカールさんと似ている。過疎の山間集落こそが自分たちの「終の棲家」だということを、かれらはすでに悟っている。そこは、なにものにも替えがたい「居場所」であり、かれらはその地の風景や古民家での生活を愛している。
 人間には、その人にふさわしい居場所がある。居場所は多様である。都会でなければ生きられない人もいれば、都会に拒否反応を示して、田舎暮らしを志向する人もいる。田舎で人間らしい生活をしながら、世界に情報を発信するライフ・スタイルが、21世紀の「環境と情報の時代」にふさわしいと、私個人は思っているけれども、そのような生き方を他人に押し付けようとも思わない。居場所は多様だから。【完】

《参考文献》
浅川 滋男
 1980 「ウートがたちあがるまで-トラック諸島トル島におけるウート建設過程の報告」『季刊人類学』11巻3号:pp.112-17、京都大学人類学研究会・講談社
 1989 「住居集落研究のための文献解題(アジアI) 中国」『住居・集落研究の方法と課題 II』:pp.93-109、日本建築学会
 1990 「貴州トン族の高床住居と集落構成に関する調査と研究(1)」『住宅総合研究財団研究年報』16号:pp.223-239
 1991 「漢族建築だった高床住居 -すまいにみる貴州トン族の漢化とエスニシティ」1991年 8月、『すまいろん』19号:pp.164-181、住宅総合研究財団
 1992 「貴州トン族の高床住居と集落構成に関する調査と研究(2)」『住宅総合研究財団研究年報』18号:pp.405-420
 1993 「中国の民家・住居史研究」『建築史学』20号:pp.102-126、日本建築史学会  
 1994 『住まいの民族建築学-江南漢族と華南少数民族の住居論』建築資料研究社:426pp.
 1995 「雲南に流れこんだ北方文化-建築の系譜からみた西北雲南のチベット・ビルマ語族」『季刊民族学』72号:pp.43-58、千里文化財団
 1996a「江南住宅の木造構法と部材呼称-寧波と紹興での調査から」『中国の方言と地域文化』(4):pp.24-43、京都大学文学部(科研基盤A報告書)
 1996b「殯と火の祭壇-雲南省永寧モソ人の葬送と火をめぐる習俗」『まじないの世界 Ⅱ』日本の美術361:pp.86-98、至文堂
 1997 「オンドルと丸屋根の家-中国黒龍江省瀑布村の朝鮮族住居」『季刊民族学』81号:pp.52-67、千里文化財団
 2000a 「アムール北岸の住居調査」『ロシア極東少数民族の自然集落に関する国際共同研究』:pp.51-63、東京大学文学部(科研基盤B告書)
 2000b『離島の建築』日本の美術406:至文堂、98p.
 2002 「東亜的漂海民和家船住宅」APARP (Northeast Asia Research Paper)No.17:pp.1-44、中央研究院亜太研究計画、台北(中文)
 2003 「東アジア漂海民と家船居住」『鳥取環境大学紀要』創刊号:pp.41-60
 2004 「クラースヌィ・ヤールの住居と高床倉庫」『ロシア極東少数民族の伝統的生業と居住形態に関する民族考古学的研究』:pp.35-59、東京大学文学部(科研基盤B報告書)

浅川 滋男(編)
 1996 『雲南省ナシ族母系社会の居住様式と建築技術に関する調査と研究』丸善:66p.
 2000『北東アジアのツングース系諸民族住居に関する歴史民族学的研究-黒龍江省での調査を中心に』丸善、80p.
 2003 『鳥取県の中山間地域における過疎集落の活性化に関する基礎的研究―歴史的環境の分析と再評価を通して』浅川編、平成13~15年度鳥取県環境学術研究費成果報告書:106p.
 2004 『鳥取市歴史的建造物調査研究-鳥取市歴史的建造物等のデジタル処理による目録・地図作成』、平成15年度鳥取市総合政策調査事業調査研究成果報告書、鳥取市教育委員会:83p.
 2005a 河本家住宅-建造物調査報告書-』浅川編、琴浦町教育委員会:100p.
 2005b『倉吉の町家と町並み-重伝建地区外側の景観をいかに保全するか』浅川編、八橋往来まちなみ研究会:24p.
 2005c『GPS&デジカメによる鳥取市の文化財建造物MAP作り 付録・Reversible Rehabilitation 旧加藤家住宅の再生プロジェクト』:16p.
 2006 『市町村合併にともなう文化財の地域問題-鳥取市歴史的建造物のデジタル・マッピングを中心に』、平成17年度とっとり〈知の財産〉活用推進事業報告書:107p.
2007a『尾崎家住宅 ―建造物調査報告書』 湯梨浜町教育委員会:110p.
2007b『加藤家住宅の実験-ローコストによる古民家修復手法の開発』平成18年度鳥取県環境学術研究費助成研究・日本住宅・木材開発センター(HOWTEC)助成研究成果報告書:135p.
2007c『ふるきかぜ あたらしきかぜ -倉吉本町通りアーケード商店街の町並み分析と再生計画』倉吉市教育委員会:98p.
2010a『「文化的景観」の解釈と応用による地域保全手法の検討 -伝統的建造物群および史跡・名勝・天然記念物との相補性をめぐって-』平成20~21年度鳥取県環境学術研究費成果報告書:77p.
2010b『セルフビルド&ゼロエミッションによる民家の持続的修復 -加藤家住宅の実験(Ⅱ)』平成21年度文化庁「NPOによる文化財建造物の活用」事業成果報告書:57p.
2010c『古民家修復ポケットハンディマニュアル』(吉川友実執筆):23p.
2011 『はるかなまち、その未来』平成22年度鳥取環境学術研究費助成特別研究成果報告書:96p.
 2012「鳥取市里仁古民家の改修計画 -医食同源の空間をめざして-」『鳥取環境大学紀要』第9号・第10号合併号:pp.71-90(清水拓生執筆・中島俊博作図)
 2013 『雲州平田 木綿街道の町家と町並み』木綿街道振興会:113p.
2015a『倉吉の歴史まちづくり』平成26年度鳥取県環境学術研究費助成成果報告書:99p.
 2015b『メンバツォ -炎たつ湖』クンサン・チョデン著(浅川研究室訳):74p.
 2016a『心の余白 -わたしの居場所はありませんか』クンサン・チョデン著(浅川研究室訳):76p.
 2016b『地蔵盆を未来へ 倉吉の歴史まちづくり(Ⅱ)』平成27年度鳥取県環境学術研究費助成成果報告書:94p.
 2017a『グルリンポチェがやってくる』クンサン・チョデン著(浅川研究室訳):100p.
 2019 『ラ・ジャ-天の鳥』(浅川研究室訳):102p.
2020 『古民家「終活」の時代-文化遺産報告書の追跡調査からみた過疎地域の未来像』令和二年度公立鳥取環境大学特別研究費成果報告書:159p. 
 2021 『能海寛と宇内一統宗教』同成社:375p.
2022 『ブータンの風に吹かれて-中後期密教空間の比較文化-』平成30年度~令和2年度科研費基盤研究(C)・令和3~5年度科研費基盤研究(C)成果報告書:100p.
2023 『居場所とマイノリティ』令和4年度公立鳥取環境大学特別研究費助成成果報告書:124p.

クロード・レヴィ=ストロース(大橋保夫訳)
 1976『野生の思考』みすず書房(Lévi-Strauss, Claude 1962 La Pensée sauvage
NHK取材班
 2022 『カールさんとティーナさんの古民家村だより』主婦と生活社
ブルーノ・タウト(篠田英雄・吉田鉄郎訳)
 1949 『日本の家屋と生活』雄鶏社(Taut, Bruno 1937 Das japanische Haus und sein Leben
Kunzan Choden
 2008 Chili and Cheese:Food and Society in Bhutan, White Lotus Co Ltd


《連載情報》 古民家再生の新機軸ー過疎地にさぐる居場所のあり方
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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