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崖と建築のヒエロファニー 三徳山《日本遺産》フォーラム(予報5)

三徳山フォーラムチラシ(最終校⑤)_圧縮 クリックすると拡大。チラシ文字を鮮明に読み取れます


ボンの煩悩

 日本遺産《三徳山》フォーラム「崖と建築のヒエロファニー:そのアジア的視座」が2日後(11月25日午後)に迫ってきました。わたしはすでに講演のパワポを仕上げています。国際的なフォーラムですので、少々英文を混ぜました。問題は院生でしてね。院生は昨年12月(第9次)と今年9月(第10次)の調査に連続して参加し、非仏教系信仰に対する予想をはるかに超えた信心深さに衝撃を受け、ボン教などブータンの非仏教系宗教/信仰を主題に修士論文に取り組んでいます。三徳山フォーラムでは、その中間成果を報告することとなります。この場合、とくにボンの理解が非常に厄介です。ここでは、現状でASALABが理解するボンの概念等について整理しておきます。

ボンの時期区分

 ブータンを含むチベット仏教圏においては、非仏教系の土着信仰が歴史を通して盛んであり、それを仏教側が仏教と矛盾しないように、うまくコントロールしている状態にあると考えます。ボン教は仏教以前から存在するヒマラヤ土着の宗教とされますが、その実態と変遷は複雑で曖昧です。気軽に「ボン」という言葉を使っても、その実像からかけ離れてしまいかねない恐れが小さくありません。ASALABで、最初にボン教研究に取り組んだのは藤井鈴花さんでした。コロナ禍が始まった2020年度、多くの文献を渉猟して卒業論文(藤井[浅川指導]2021)を著しました。ここでは、ボン教を以下の3期に区分しています。

 推定Ⅰ期: 7世紀の仏教導入以前に中央アジアに広く分布していた原始「シバ・ボン(斯巴笨)」の時期。
 推定Ⅱ期: 8世紀にチベット・ブータンにインドから後期密教がもたらされ、ボン教とニンマ派仏教が併存しており、互いに影響を与えあっていた時期。
 推定Ⅲ期:11世紀以降、チベットで仏教諸派が林立しており、ボン教もその覇権争いに加わることで、逆に仏教化が著しく進む。いわゆる「ユンドゥン・ボン(雍仲笨)」の時期。

 いまインド、ネパール、中国などで勢力を誇るボン教寺院は推定Ⅲ期のユンドゥン・ボン(永遠のボン)の拠点ですが、実際のところは、仏教の一派と言ってもおかしくないグループです。一方、ブータンにおけるボン教の伝統は細々としたものでした。それでも11~12世紀には、埋蔵されたボン教の経典や宝物が続々と発見され、発見者には「テルトン」の称号が与えられました。それらテルトンによりボン教寺院がわずかながら創建されたようですが、徐々に仏教寺院に改宗され、いまは痕跡を辿るのが難しくなっています。フォーラムで紹介するポプジカのクブン寺は仏笨習合の例外的存在です。
 なお、同じポプジカにあるガンテ寺仏教大学のケンポー・ワンチュク校長によると、ボンにはより原始的な「黒ボン」と仏教的な「白ボン」があって、白ボンは評価できるが、黒ボンは良くないと指摘されました。察するに、黒ボンがシバ・ボン、白ボンがユンドゥン・ボンにあたるのだろう、と思いましたが、実際はよく理解できていません。ただ、ボン教には白黒の双子の神話があります。「世界の起源は2つの白黒の光線または卵から誕生した双子であり、白い卵からは神と人間の父が生まれ、黒い卵からは悪魔と破壊の父が生まれた」という伝承です。

 今枝由郎先生は以前から「ボン教という宗教はない。あれはチベット仏教ボン派だ」と一刀両断でして、仏僧の語る「黒ボン」「白ボン」などの概念も学術的には意味がないと切り捨てておられます。そして最近、きわめて重要な論考であるとして、P・クヴァーン&D・マーティンの最新作『デンパの布告ーチベットにおけるボン教の興隆と衰退』(Kvaerne/Martin 2023)をご紹介いただきました。
Per Kvaerne and Dan Martin(2023) ‟Drenpa's Proclamation: The Rise and Decline of the Bön Religion in Tibet ” Vajra Academic vol.III,. Kathmandu: Vajra Books.

 12世紀に書かれた『デンパの布告』は、吐蕃時代に仏教がチベットに伝わった経緯と理由について、ボン教の視点から語られた最も古いまとまった記録です。その記録の全文がこのたび初めて翻訳されたのです。本書によれば、ボン教は10~11世紀に中央チベットで生まれ、同時期のチベットにおける仏教の「後継」の立場をとってきましたが、その信奉者たちは仏教徒とは異なり、仏教の伝播以前からチベットで何世紀にもわたってこの宗教を信仰してきたようです。『デンパの布告』は12世紀のチベット人が自分たちの祖先の宗教をどのように想定していたのかについてのユニークな洞察や、 宇宙論、神話、儀式に関する豊富な情報が含まれています。


 クヴァーン&マーティンはその序文(Kvaerne/Martin 2023:pp.5-6) において、ボンの時期区分・分類を示しています。

 1)チベット帝国時代(7−9世紀の吐蕃)およびその直後に、チベット高原において行われていた、必ずしも規範化され、首尾一貫性のある宗教「体系」を構築しているとはいえない非仏教的宗教信仰および実践。
 2)10~11世紀における地域レベルでの宗教信仰および実践。
 3)上記1)、2)からの諸要素を取り入れながらも、仏教から宇宙論、瞑想技術、哲学概念を借用し、おそらく中央チベットで11世紀から12世紀にかけて融合生成され、僧院制度も整え自らを「ユンドゥン・ボン(g.yung drug bon)」と称するようになった宗教。
 4)現在でもヒマラヤ山脈の辺境地域で行われており、「ボン」と称される宗教信仰および実践。

非仏教的信仰の民族誌的記述

 この場合、ネパールなどで盛んな疑似仏教的ボンは 3)、わたしたちがブータンで目にしている宗教慣行は 4)ということになるでしょうか。一方、F・ポマレは「ブータンのボン」と題する論文[Pommaret 2014]において、現代ブータンでは厳密な歴史学/哲学的定義とは異なり、非仏教系の信仰ならば概括的に「ボン」と呼ぶ傾向がある、とまとめています。Francoise Pommaret (2014)  ‟Bon in Bhutan. What is in the name ?” Kumagai Seiji ed. Bhutanese Buddhism and its Culture, Vajra Books
 カルマ・プンツォ博士も大著『ブータンの歴史(History of Bhutan)』で前仏教/非仏教系信仰をボンと混同する傾向に懸念を示しています。今年9月8日、ティンプーのホテルでカルマ博士と短い面談の機会があり、その際、この問題に触れたところ、非仏教系信仰について、以下のような分類をご教示いただきました。

 ①ボン:ネパールなどで行われている宗教。ブータンの場合、ポプジカのクブン寺がこのタイプだったが、仏教に改宗した。
 ②ヒマラヤ山麓の広域的守護神(ゲンイェン神、ゲンポー神等)
 ③ブータン国内のローカルな守護神(チュンドゥ神、ムクツェン神等)

 この場合、①と②③は区別すべきだが、重なる部分もなくはない、ということです。カルマ博士のいう②③などの土着的守護神は、クヴァーン&マーティンの4)のボンに該当するのか否かも厳密には分かりません。かように複雑なのですが、そうとは言っても、「分からない」を連発するだけでは何も生まれないので、わたしたちは自分が見聞きした仏笨習合のクブン寺、チベットから逃れたきたボン教徒の隠れ里ベンジ村、ハ地区の守護神チュンドゥのことなどを、そのまま民族誌的に記述するしかないと考えています。


【参考サイト】
旧科研実績報告大改訂(ブータン2018-2022)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2702.html
第10次ブータン調査概要
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2698.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2699.html
第9次ブータン調査活動概要
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2665.html

《卒論》チベット・ブータン仏教とボン教の歴史的相関性に関する予備的考察
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2364.html
ボン教-百度百科とウィキペディアの比較
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2292.html
ボン教(笨教)中国語論文リスト
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2293.html
ボン教の時期区分
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2294.html
いい加減に学ぶ中国語講座
(33)笨教〈1〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2289.html
(34)笨教〈2〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2290.html
(35)笨教〈3〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2291.html
(37)ボン教論文摘要〈1〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2303.html
(38)ボン教論文摘要〈2〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2306.html
(39)ボン教論文摘要〈3〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2309.html
(40)ボン教論文摘要〈4〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2310.html
(41)ボン教論文摘要〈5〉 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-date-202011.html

《連載情報》崖と建築のヒエロファニー 日本遺産《三徳山》フォーラム
(予報1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2669.html
(予報2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2711.html
(予報3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2712.html
(予報4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2716.html
(予報5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2719.html
(報告1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2720.html
(報告2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2721.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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