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崖と建築のヒエロファニー 三徳山《日本遺産》フォーラム(報告2)

1125正善院02庭園02 正善院の庭


三徳山入山許可も履物で駄目だし連発!

 11月25日(土)。ついにこの日を迎えた。大学で推薦入試をやっているその日に、投入堂登拝とフォーラムをやるというので、ホワイトアイに晒されているらしいが、正直申し上げてホワイトアイは毎度のことなので、ここは誇りをもって、教育と研究に邁進するしかない。朝8時半に鳥取駅南口に着くと、大型バスはすでに待機していたが、学生の姿はまだみえなかった。懸案の天気は快方に向かっている。しかし風が冷たくて、近くのコンビニまで軍手とホッカイロを買いにいった。軍手の効果は大きい。


1125正善院02庭園02石01 1125正善院02庭園01


 まもなく続々と2年履修生(人間環境実習・演習A)などが集まってきて、予定どおり、9時に大型バスは出発した。わたしは留学生等を乗せて自家用車で三朝へ。山陰道の泊・東郷から地道に下りると、三徳山はとても近くなっている。きっかり10時には登山口に着いた。大型バスも駐車場に着いていたが、なにせ大所帯である。A・B・C各班長の点呼、トイレなどでやや時間を使った。天気は三朝の山沿では曇り、ついさきほどまで小雨が降っていたようで、路面は湿っている。しかし、登山の許可は下りた。ただ、履物の問題が露呈する。予め何度も、履物には十分注意せよ、と指示しておいたのに、靴底ペラペラのスニーカー系が非常に多く、入山条件をクリアできなかった。その学生たちは、「登山しなくていいんだ」という気分に傾いていたが、「有料の草鞋に履き替えて登ってきなさい!」と鼓舞した。ここで有料と書いたけれども、入山料500円も草鞋代もすべて日本遺産《三徳山》の会が負担してくださることになった。本当に有難うございます。


1125正善院01外観03 1125正善院01外観02sam


復元「正善院」の初訪問-年代調査の想い出

 わたしには微かな後遺症があって三徳山の登拝は無理だと判断していた。中国語通訳の張くん、三朝町教委の課長さんらとともに本堂に残って会場の設営の仕上げをした。その後、車酔いなどで体調を崩していた学生とともに三佛寺の子院「正善院」を見学した。2012年3月9日に正善院の庫裡が火災で全焼した。その後、文化庁の英断で、史跡・名勝の範囲にある庭と建築がすべて復元されることになり、2013年9月28日にはこれと係る「三徳山シンポジウム」が開催されている。科学的年代測定に手を染めつつあったASALABは、2014年7月9日、残された部材等の絵様の拓本や年輪コアの採取に取り組んだ。そのとき焼け焦げた虹梁の拓本を取ったが、このたび正善院の向拝にかかる虹梁型頭貫をみて、我々の調査成果が活かされていることを知った。みるからに明治の絵様虹梁である。


1125正善院01外観04表門01
表門は焼けていない。庫裏向拝の虹梁型頭貫と同年代


1125正善院03内部02土間01 1125正善院03内部01


 2020年の5月に正善院の竣工式がおこなわれ、焼失当時の予算処理に尽力した文化庁の調査官を招聘して記念シンポジウムを開催しようという動きもあったのだが、なにせコロナ禍の最中であり、イベントを中止せざるをえなかった。その会にはわたしにもお呼びがかかっていたのだけれども、感染症には太刀打ちできず、再建後の正善院には足が遠のいたままになっていたが、このたびようやく訪問することができた。総額6億円近い費用をかけての庭と建築の復元であるだけに、もちろん見応えはあるのだけれども、若い住職さんの説明には、首を傾げたくなるところもあった。いちばん気になったのは、「江戸から明治にかけての時期に復元した」という年代観で、それでは時間幅が大きすぎる。江戸と明治の様式差は小さくないからだ。こういうときは、いたずらに古めかしさを強調して江戸期に遡ろうとせず、資料の多い明治で割り切る方が良いと思う。虹梁絵様だけでなく、欄間などの建具も明治を示しており、それで矛盾なく復元できたと思う。少なくとも、説明にあたって「江戸から明治」という曖昧な表現は避けた方がいい。

下山してこない学生たち

 本堂の対面にある庫裏で、米田住職、教育長と談笑しつつ、昼ごはんのコンビニ弁当を食べた。学生たちが山に上がってから2時間が経過しようとしていたが、山から下りてくる若者たちはいなかった。本堂に戻って、さてスタンバイというころになって、ようやく院生滅私くんが本堂に下りてきた。彼は秋田の講師のリモート設定などがあり、他の学生の何倍も忙しかった。秋田の講師はそのことが分かっていないので、事務局サイドは少々いらついていた。学生たちは三々五々本堂に舞い戻ってきたが、あまりにも少数であり、昼弁当も食べていない。その一方で、一般客は本堂に押し寄せ、40名ほどの人数にまで増えていた。トップバッターはわたしが喋る予定だったが、眞田さんに代わっていただくことに決めた。学生たち(2・3年生)は、わたしや他大学の留学生の発表を聴いてレポートを書かなければならないからである。


1125三仏寺本堂01眞田02 


講演①眞田) 崖と岩陰と懸造-三徳山三佛寺を中心に

 眞田さんはトップバッターの役を見事にこなしてくださった。正直いうと、早めに提出されたパワーポイントにわたしはいくつか不満があり、22日(水)のゼミ時間に面談しコメントしておいたのだが、それら諸問題について一定の訂正がなされていて一安心したしだいである。眞田さんが約半時間の発表を終えたころ、ようやく学生の大半が本堂に戻ってきた。一部の学生は板間に座るほかないほどの満員であり、総数87名が本堂内を埋め尽くしていた。定員50名の倍近い聴衆である。
 あとで知ったことだが、投入堂まで達したのはA班のみだったという。B班とC班は地蔵堂・文殊堂でUターンして、それでもなおかつフォーラムに間に合わなかったのである。わたしは、自分の発表の前に学生たちに詫びた。朝9時に鳥取駅を出て、10時から登山を始めれば、どんなに遅くても12時半には下山できるだろうと判断して、スケジュールを組んだ。そのスケジューリングが甘かったことを素直に詫びるしかなかった。本当に申し訳ないと今も思っている。


1125三仏寺本堂01眞田04客席01 学生下山前の聴衆


《参考サイト》
近世木造建造物の科学的年代測定に関する基礎的研究(Ⅱ)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-693.html
2014三仏寺投入堂参拝
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-692.html
満員御礼-三徳山シンポジウム
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-422.html

《連載情報》崖と建築のヒエロファニー 日本遺産《三徳山》フォーラム
(予報1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2669.html
(予報2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2711.html
(予報3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2712.html
(予報4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2716.html
(予報5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2719.html
(報告1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2720.html
(報告2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2721.html
(報告3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2722.html
(報告4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2723.html
(報告5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2724.html
(報告6)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2725.html
(報告7)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2726.html
(報告8)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2727.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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