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崖と建築のヒエロファニー 三徳山《日本遺産》フォーラム(報告4)

三徳山(東)スライド1 スライド1
 

 こんにちは、大学院M2の滅私です。11月25日(土)、三佛寺本堂で開催されたフォーラム「崖と建築のヒエロファニー」で、わたしもスピーチさせていただきました。教授の後を受けた3番バッターです。ブータンの非仏教/前仏教系信仰に関する問題は難解であり、教授には前日午後までパワポ作成の指導をしていただきました。心より感謝申し上げます。当日の発表概要を報告させていただきます。

題目: ブータンにおけるボン教/非仏教系の遺産-クブン寺とベンジ村を中心に-
     Some Heritages of Bonism or non-Buddhism in Bhutan
      - Mainly focused on Kubum Monastery and Bemji Village -  



 いま教授が最後に述べられたように、ブータンを含むチベット仏教圏においては、非仏教系の土着信仰が盛んであり、それを仏教側が仏教と矛盾しないように、うまくコントロールしていると考えられる。わたしは、昨年12月今年9月の調査に連続して参加し、非仏教系の信仰が、予想をはるかに超えて強力であることに衝撃を受け、その問題を主題にして修士論文に取り組んでいる。今回は、その中間報告である。ボン教は仏教以前から存在するヒマラヤ土着の宗教と言われているが、その実態と変遷は複雑で曖昧である。つい最近、この問題に係る新しい論考が発表されたので、今日は皆様に最新の動向をお知らせする。


三徳山(東)スライド2 スライド2


1.ボン教または非仏教系信仰
 
 12世紀にチベット語で書かれた『デンパの布告』は、7~9世紀の吐蕃王朝時代にあって、仏教がチベットに伝わった経緯と理由を、ボン教の視点から語った最古の記録である。その記録の全文がこのたびクバーネとマーチンによって現代文に翻訳された(Kvaerne and Martin 2023)。その翻訳によれば、ボン教は10~11世紀に中央チベットで生まれ、チベットにおける仏教の後継者たる立場をとっていたが、その信者たちは仏教徒ではなく、仏教以前からチベットで何世紀にもわたってこの宗教(の前身)を信仰してきたようである。クバーネとマーチンは翻訳書の序文で、ボンの時期区分を示している。すなわち、

 1)7~9世紀の吐蕃王朝とその直後、チベット高原において行われていた、体系性に欠ける非仏教的信仰
 2)10~11世紀における地域レベルの信仰
 3)上記1)、2)からの諸要素を取り入れながらも、仏教的思考を大々的に借用し、僧院制度も整え、自らを「ユンドゥン・ボン(永遠のボン)」と称した宗教
 4)現在でもヒマラヤ山脈の辺境地域で行われており、「ボン」と称される信仰

 一方、フラソワズ・ポマレによると、現代ブータンでは、厳密な歴史学/哲学的定義とは異なり、非仏教系の信仰ならば概括的に「ボン」と呼ぶ傾向がある、としている(Pommaret 2014)


三徳山(東)スライド3 スライド3


 ブータン史の大家、カルマ・プンツォ博士も大著『ブータンの歴史』(Karma Phuntsho 2014)で前仏教/非仏教系信仰をボンと混同する傾向に懸念を示している。今年の9月にティンプーでカルマ博士と面談する機会があり、その際、ボン教と他の非仏教系信仰との違いを訊ねてみた。カルマ博士は、以下のように分類している。

 ①ボン: ネパールなどで行われている宗教。ブータンの場合、ポプジカのクブン寺がこのタイプだったが、仏教に改宗した。
 ②ヒマラヤ山麓の広域的守護神(ゲンイェン神、ゲンポー神等)
 ③ブータン国内のローカルな守護神(チュンドゥ神、ムクツェン神等)

 この場合、①のボンと②③の守護神は区別すべきだが、重なる部分もなくはない、ということである。カルマ博士のいう②③などの土着的守護神は、クバーネ&マーチンの4)に該当するのか否かも厳密には分からない。このように複雑だが、「分からない」を連発するだけでは何も生まれないので、わたしは自分たちが見聞きした事例を正確に記述し、報告するだけだと考えている。歴史的ではなく、現在学的/民族誌的な記述をめざす。


三徳山(東)スライド4 スライド4


2.クブン寺-ポプジカの仏笨習合寺院

 クブン寺はポプジカ谷の緩い傾斜地に建つ鄙びた山寺である。民間ではクンブ寺とも呼ばれるが、正式名称は「クブン寺」である。今はドゥク派の仏教寺院だが、当初はユンドゥン・ボンの寺院で、今もその名残を各所にとどめている。おそらくブータン国内で唯一の元ボン教寺院である。開祖はセンデン・デワ。生存年代には諸説あるが、13世紀以降とみる意見が有力になっている。境内の数百メートル前方に建つストゥーパは、センデン・デワの墓だとも伝承されている。


三徳山(東)スライド5 三徳山(東)追加図1
スライド5+追加図1


 クブン寺本堂1階の壁画に、ボン教の旗をパラグライダーのようにして飛んで来るセンデン・デワを描いている。ブータン仏教の開祖グルリンポチェの変化とともに描く点、注目すべきであろう。当該部分の拡大を追加図1として示す。


三徳山(東)スライド6 スライド6


 クブン寺境内の前には、前身の本堂跡と思われる石積み壁跡があり、その横に、開祖センデン・デワが植樹したとされるイトスギの大木の枯木が残っている。1987年の大風で倒れ、枯木となったまま横たわるも、腐朽のため内側が空洞化している。2022年の冬に、住職の勧めもあって、枯木のチップを持ち帰り、最も内側の年輪の年代測定をおこなった(パレオラボ社委託)。その結果は以下のとおり。
   1504-1597 call AD (信頼限界75.69%)  1617-1644 cal AD (同19.76%)
 「センデン・デワの樹」は1987年に倒れたので、残存部分の樹齢は483~343年。内側の年輪は16世紀と推定され、これに空洞部分の年輪数を300ばかり加えると、13世紀の開山説と一致する。クバーネ&マーチンの3)期、すなわちユンドゥン・ボン期にあたる年代と言える。


三徳山(東)スライド7 スライド7


 クブン寺は1階の全体と2階の中央間を仏間とする。とくに2階の仏間は小振りながら壮麗である。仏間の釈迦像背面の壁画にもユンドゥンボンの女神、シッパイ・ゲルモが描かれていた。


三徳山(東)スライド8 スライド8


 仏間以上に重要な意味をもつのが2階の隅奥の部屋ギョンカン(ゴンカン)である。ギョンカンは土地の守護神を祀る秘奥の部屋で、四方の壁を黒く塗る。髑髏の装飾がいたるところにあり、黒呪術的な匂いを漂わせている。ギョンカンは多くの寺院や大邸宅にもあり、一般的には入口から最も離れた所に配されている。クブン寺では、ボン教の守護神シッパイ・ゲルモの女神像を祀る。わたしたちが確認した像は新しいものであり、古い像は厨子の奥に隠されている。シッパイ・ゲルモは夏と冬で住み替えをする。クブンが夏の住まい、セワカンという所が冬の住まいになり、冬にはその場所の守護神になる。クブン寺のギョンカンの壁には、ポプジカにいる動物たちを多く描くほか、近隣のガンテ寺の男性守護神アゲ・ゲンポとシッパイ・ゲルモの交わりを描いている。どうやら家畜をめぐる争いがあり、争いに敗れたゲンポが悔しさのあまり、シッパイ・ゲルモをレイプしているシーンのようである。 【続】


《参考文献》
Karma Phuntsho(2014)The History of Bhutan,Haus Pub
Francoise Pommaret (2014)‟Bon in Bhutan. What is in the name ?” Kumagai Seiji ed. Bhutanese Buddhism and its Culture, Vajra Books
Kvaerne and Martin(2023) ‟Drenpa's Proclamation: The Rise and Decline of the Bön Religion in Tibet ” Vajra Academic vol.III,. Kathmandu

《参考サイト》
(1)第9次ブータン調査活動概要
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2665.html
(2)第10次ブータン調査活動概要(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2698.html
(3)第10次ブータン調査活動概要(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2699.html
(4)旧科研実績報告大改訂
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2702.html

《連載情報》崖と建築のヒエロファニー 日本遺産《三徳山》フォーラム
(予報1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2669.html
(予報2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2711.html
(予報3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2712.html
(予報4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2716.html
(予報5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2719.html
(報告1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2720.html
(報告2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2721.html
(報告3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2722.html
(報告4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2723.html
(報告5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2724.html
(報告6)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2725.html
(報告7)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2726.html
(報告8)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2727.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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