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崖と建築のヒエロファニー 三徳山《日本遺産》フォーラム(報告5)

三徳山(東)スライド9 スライド9


3.ボン教の隠里ベンジ村

 続いてトンサ地区の山村、ベンジ村を紹介する。村人が共有する伝説がある。8世紀後半、吐蕃の版図を最大にした仏教王ティソン・デツェンには3人の息子がいた。王はボン教から仏教へと国教の舵を切り、国民の仏教への帰依を求めた。王の二人の息子もそれに従ったのだが、一番下の息子だけはどうしてもボン教を捨てられない。そこで、王は「おまえはラサでは生きられない。遠くに逃げろ」と命令する。その末っ子の王子が落ちのびて居着いた場所がベンジだということである。
 ベンジ村に着いてすぐ、「明日は祭りがあるから、今日はボンの旗を立て替える」というので、さっそく見にいった。仏教の経典旗とは全然違う綿帽子の旗を立てる過程と儀式を見学した。勢いよく焼酎アラッを旗竿や周囲に撒き、自らも呑む。その高台からは、流域の守護神ムクツェンンの棲む山を遥拝できる。また、高台と地主邸宅の中間には、やはりボンの旗を立てた広場があり、ムクツェンの山から飛来する天女が腰掛ける石の椅子がある。ここはダンスの舞台にもなるそうだ。


三徳山(東)スライド10 スライド10


 ベンジ村にはカーストが今も残っており、旧封建領主の地主の邸宅をナグツァンと言う。ここはゲストハウスでもあり、わたしたちも3階の部屋に寝泊まりして調査した。母系の大家族がここに暮らしており、近隣の親戚もしばしば集まって法要し、食事する。3階の中央間は仏教寺院の本堂とみまがうほど立派な仏間である。90歳を過ぎたおばあちゃんは、毎日何時間もここで読経している。


三徳山(東)スライド11 スライド11


 ベンジ村でも、仏間以上に、仏間の奥にあるギョンカンが重要である。そこには、守護神ムクツェンが祀られているが、偶像ではなく、ご神体が厨子の向こうに隠されているようである。ただし、ムクツェンの用心棒カタップの等身大の立像が左奥の隅にあって祭壇を守護しているので、暗い部屋全体のおどろおどろしさはクブン寺以上に迫力がある。


三徳山(東)スライド12 スライド12


 わたしたちがナグツァンに滞在したとき、姪の女性が手伝いにきていた。その女性は近々アメリカに移住することになっており、ビザ取得が順調に運ぶことを願って、僧侶を3名招き、ギョンカンで祈りの読経を続けた。ギョンカンの祭りはボンもしくは非仏教系のはずだが、司祭を仏僧が務める点には注目すべきであろう。こういうところに、土着宗教に配慮した「仏教のチベット化」を読み取ることができる。ムクツェンはボン教にも仏教の祭祀対象にもなるが、村人はボン教の神として崇めているとナグツァンの主人は教えてくれた。
 ベンジ村では、仏教は悟りと係る高尚な哲学として捉え、自分たちの生活とはやや切り離して考えている。一方、ボン教的なムクツェンへの祈りは、日常生活にご利益をもたらし、厄災を遠ざける必要不可欠の存在とみなしている。


三徳山(東)スライド13 スライド13


4.ゲンイェン神とチュンドゥ神

 ベンジ村のムクツェンと似た地域の守護神として、西ブータン・ハ地区の守護神チュンドゥをあげることができる。ハ地区のハテ村には、その名も「チュンドゥ・ラカン」という寺院がある。表向きは仏教寺院だが、実際の本尊は土地神チュンドゥである。


三徳山(東)スライド14 スライド14


 チュンドゥ寺本堂では、正面に仏壇を置き、 両脇隅に地域の守護神チュンドゥとジョウヤの兄弟像を配す。配置とは裏腹に、日常的信仰の対象としては土地神が圧倒的に優位にある。私たちが訪れた9月1日は、土地神チュンドゥを祝う年に一度の大祭であり、この日だけ大きなチュンドゥ像の前に小さなチュンドゥ像を持ち出して祀る。司祭はドゥク派の住職であり、やはり仏教との融合を図っている。


三徳山(東)スライド15 三徳山(東)追加図2
スライド15+追加図2


 チュンドゥ寺のあるハテ村には、一軒だけチュンドゥ兄弟の偶像を置く民家がある。ジュング家では代々、土地神の偶像を保管し祭祀してきた。仏壇の脇の壁沿いに、青鬼チュンドゥと赤鬼ジョウヤの像を置いている。2016年には撮影を許可(追加図2)されたが、2023年は撮影禁止であった。国家の方針だという。
 仏像と土地神でどちらが大切かと聞くと、一家の夫婦はあっさりチュンドゥ兄弟を指さした。さらに面白いことに、ハテ村から半時間ばかり離れたカッツォ村でも、地元の仏教寺院とチュンドゥ寺の軽重を訊ねたのだが、こちらもあっさり「チュンドゥ寺が重要」との返答であった。地元の仏教寺院はどこにでもある山寺だが、チュンドウ寺はハ地区ハテ村にしかない。頼み事があるときは必ずチュンドゥ寺まで参拝に行くとのことである。
 大乗仏教を国教とする唯一の国、ブータンでは、仏教よりチュンドゥやムクツェンなどの土地の守護神に対する信仰がより篤いことが分かる。


三徳山(東)スライド16 スライド16


 チュンドゥやムクツェンは、ブータン国内のローカルな流域の守護神である。一方、もっと広い範囲をカバーするヒマラヤ一帯の守護神も存在する。首都ティンプーの山麓にあるディチェンプ寺は、ヒマラヤの守護神ゲンイェンを本尊とし参拝客を集めているが、国家の根幹に係る儀式の場所であるため、外国人は境内に入れない。伝承によると、12世紀、ドゥク派の開祖パジョ・ドゥゴム・シクポの息子ダンパが「ゲンイェンの寺」として開山した。17世紀になって、ブータンの建国者ガワン・ナムゲルが参拝にきたとき、ゲンイェンが神の姿をあらわす。神はナムゲルに国家統一を指示した後、姿を消 し、本堂前の大きな石に染み入った。今でも、この石がゲンイェンのご神体である(今は覆い屋の中にある)。ちなみに、何かに入ることを「ティン」、山のほうを「プ」と呼ぶ。これが首都ティンプーの語源であり、ディチェンプはティンプー始まりの場所であるとされる。また、 ディチェンプ境内の前の広場に繋がれた一頭の馬は「ミンドゥ」と呼ばれる神馬である。ゲンイェンの乗る馬とされる。
 近年、ブータンでは、富を求める若者の国外流出が激増している。移住を願う若者たちは必ずディチェンプ寺を訪れ、ゲンイェンに事の成就を祈願する。その参拝客があまりにも多すぎて、「ゲンイェンは疲れている」と噂されているとも聞いた。以上みてきたように、仏教国ブータンでは、非仏教的な守護神が、日常生活に係る祈願の対象として、仏教以上に強力な存在であり続けているが、その信仰のあり方は仏教と対立的ではなく、融和的なところに特徴があると思われる。 【この項、完】


《参考サイト》
(1)第9次ブータン調査活動概要
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2665.html
(2)第10次ブータン調査活動概要(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2698.html
(3)第10次ブータン調査活動概要(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2699.html
(4)旧科研実績報告大改訂
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2702.html

《連載情報》崖と建築のヒエロファニー 日本遺産《三徳山》フォーラム
(予報1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2669.html
(予報2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2711.html
(予報3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2712.html
(予報4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2716.html
(予報5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2719.html
(報告1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2720.html
(報告2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2721.html
(報告3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2722.html
(報告4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2723.html
(報告5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2724.html
(報告6)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2725.html
(報告7)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2726.html
(報告8)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2727.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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