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美作の久米屋を訪ねて

1204久米屋05玄関看板02アップ 1204久米屋05玄関看板01


遠回りでみつけた美作右手

 11月14日(火)に放送された「いいいじゅ-」という番組の最後の5分をみる機会があり、目が点になった。上方往来の智頭の向こう側にある岡山県大原に若い建築家が住み着いて、古民家の再生・活用に挑んでいるという番組で、なにやら新潟竹所のカールベンクスさんを思い起こさせる。さっそく翌週から、古民家再生で卒論に取り組む4年のウェイチアン君と話し合い、忘年会の会場として訪問させていただけないか、ということで、旧大原町役場やら、美作市役所に電話して情報を集めた。市役所企画調整課からの返事は、大原の山間集落にある久米屋にメールを入れてほしいというものだったので、ただちに二人で1本ずつ計2本のメールをしたのが、返信のない状態が続いた。


1204丸忠01うな重 1204丸忠00sam ナマズではありません


 2日で8コマという放送大学の激務を終えて、自ずと疲労が蓄積しており、朝食後二度寝をしたため、出発は昼前になった。大原と言えば、いつも奈良との往来で通過するところだから、気軽に考えていたのだが、カーナビに「美作市右手(うて)」をセットすると、途中から予想とは異なる指示が出始める。大原に行けばなんとかなる、と思っていたのだが、鳥取道(高速)を下りる指示は智頭南から出始めた。なんかの間違いだろうと思って高速を南下するも、地道に下りるように重ねて指示が出るので、粟倉荘の手前から国道に出るも、鳥取方面に戻れという画面になっているので、古いカーナビはどうしようもないな、と呆れながら、粟倉荘をさらに南下すると、ようやく西(右)に折れる指示があって、細い山道を結構走った。しかし、10キロばかり行くと、道路は閉鎖されていた。行き止まり。仕方がないので、山道を引き返して大原宿の古い町並みを一周。上方往来の古い住宅群には食事をできそうな施設がみあたらなかった(実際にはあるらしい)。国道沿いの懐かしい洋食喫茶「パリ」が営業中の大きな看板を出していたので駐車場に車を停めたが、ドアは開かない。隣にある寿司屋「丸忠」に入った。丼やうどんを得意とする和食店である。ここで、わたしと家内はそれぞれうな重と天丼を頼んだ。ナマズそのものはなかったが、ナマズの活動と係り深いメニューで値段も安かった。隣にいた客は「丸忠は美味い」と言って店を出ていった。たしかにその通りだと思う。おまけにうな重が1,500円で食べられる。ファミマの対面にあって、午後8時まで営業というから、佐用食堂に入れないときにはここを使おう。「みちくさの駅」もなくなることだし、「丸忠」はわたしたちにとって重要性を増すであろう。


1204久米屋04正面02sam 1204久米屋03側面小川01


1204久米屋01移住者01 1204久米屋01移住者02


右手に移住した若い建築家

 食後、美作市大原支所(旧役場)に行ってお話をうかがった。1週間前電話した際に対応してくださった方であり、懇切丁寧に右手までの道を教えていただいた。大原から1キロほど南に下り、左にローソン、右にコメリのある角を右手に折れて、津山方面ではない方に行けばいいとのこと。その通りに動いた。大原支所から目的地の右手までは20キロ近くあった。午後3時ころ、右手に着いた。久米屋を探しあてて、玄関を開け入っていったのだが、だれも居ない。国道沿いにある前の家を訪ねたところ、おばあさんが出てきて、管理人の家が反対側の山の方にあると教えてくださる。そのとおりに道を進むと、主婦2名に遭遇した。久米屋を経営する移住者=若者は久米屋ではなく、近くの別の家に住んでいるとのことで、その場所に案内していただいた。丸山さんという移住者は青いダウンを着て、その住まいから道に出てこられ、久米屋で合流した。家内とわたしの脚がよくないので、玄関に腰掛けてお話をうかがった。つるべ落としで冷え始めていたが、2台のストーブに点火していただいたので暖かかった。


1204久米屋04内部sam 1204久米屋04正面01


 聞けば、移住者の丸山さんは、東京から地域おこし協力隊として右手に来られ、そのまま定着された38歳の青年で、一級建築士の資格をもっている。設計事務所の名前は「アトリエナカウテ」。ナカウテ(中右手)は所在地の小字名である。大正の民家を活用して、久米屋を数年前から経営しており、ゲストハウス(宿泊)と土蔵サウナで徐々に名を知られるようになり、NHKの移住番組でも取り上げられた。今回わたしたちはゼミの忘年会として、軽食の提供のみを希望しているが、サウナに入らないのか、と何回も尋ねられた。うちの女子たちがどう答えるか、その返事次第になるとお答えした。有難いことに、忘年会の食事提供は承諾していただいた。ジビエが中心になるとのこと。地域のご婦人たちと相談して見積もりした後、メールで知らせてくださるそうだ。今日はここまでの打ち合わせとなった。
 いざ帰宅となり、カーナビを「下宿」にセットすると、鳥取までの距離は約50キロ。車は一路、智頭をめざした。鳥取県境の看板を過ぎるとまもなく西谷のパン屋「アイ」が右手にあらわれたので、残り少ないパン、クッキー、ラスクを買い漁った。そこからはかつて知ったる道である。「みちくさの駅」も近い。右手は智頭や佐治と同じ中国山脈の山間豪雪過疎地であり、かつての主生業は板井原や大杉(但馬)と同じ養蚕であり、ミツマタを材料とする和紙生産も細々と受け継がれている。まもなく和紙づくりを継承する移住者が来ることになっているとも聞いた。要するに、右手は智頭南インターで地道におりると、とても近い場所にあることが帰路になってようやく理解できたのである。


1204久米屋02土蔵サウナ01 1204久米屋02土蔵サウナ02sam 土蔵サウナ

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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