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崖と建築のヒエロファニー 三徳山《日本遺産》フォーラム(報告10)

三徳山 文殊堂 文殊堂 景色(2)
文殊堂からの眺望景観


文殊堂の絶景

 今回の投入堂登拝では、私はB班で投入堂まで行けなかったが、良い経験になった。三徳山の道はとても険しく危険であったが、自然が豊かで美しく、昔の人が崇拝し修行の地とした理由を理解できた。また、投入堂の登拝には至らなかったが、文殊堂に昇殿することができ、文殊堂からの絶景を堪能した。文殊堂までの道のりは険しく雨で滑り落ちそうにもなったが、登った先の景色を見ると、それまでのつらい道のりも忘れるほどの眺望に感動した。ちょうど紅葉の季節でもあったため、カラフルな山並みはとてもきれいだった。私は今回、自分の登山靴で登拝したが、草鞋を履いた友達が草鞋は岩にフィットして登りやすかったと言っていたので、次は草鞋も体験したい。次こそは投入堂まで行ってみたい。


三徳山登山(3) 文殊堂 鎖坂 文殊堂に上がる鎖坂


自然と向きあう修行のあり方の違い

 三徳山三佛寺で開催されたフォーラムのうち、担当分の要約と感想を以下に記します。
 講演①真田「崖と岩陰と建造-三徳山三佛寺を中心に」: 三徳山は伯耆国に位置する一峰であり、大和の国の役行者が「神仏のゆかりのあるところへ」と投げた蓮の花びらが舞い降りたことから、修験道の行場として開山したと伝承される。三徳山の文殊堂には勝手権現、地蔵堂には子守権現が祀られている。勝手権現は祈雨・止雨の神であり、子守権現は水分神である。大山と三徳山を比べると、大山は広い民間信仰域であり、三徳山は修行の山としての特色が強い。三徳山が修行の場となっているのは、水の神が祀られていることが関係しているのではないかと考えている(教授は懐疑的)。
 講演④陳彥伯「台湾の巌(岩寺)と霊山」: 仏教の伝来以前の中国では、山を神聖な霊山として信仰していた。山は誕生の場であり、死後魂が帰る場所として大切にされてきた。この信仰は、山と川を最も重要とする風水に受け継がれている。しかし、仏教の伝来により霊山は仏教の修行と信仰の場所となり、「巌」と呼ばれる仏寺が形成された。台湾では17世紀以降、中国南部(福建)からの移民によって信仰が伝わり、台湾の山にも「巌」が建てられた。移民は、仏教の信仰を持ちつつも仏教伝来以前からの信仰と原住民の信仰を基に、山を神聖な霊山として位置づけ、仏寺を建てた。しかし、日本統治時代に入ると、仏教が支配的信仰になり「巌」の仏教化が進んだ。そこで、仏教を信仰する僧と山を神聖な場とする原住民で対立が起き、「巌」は仏教系の巌と、仏教伝来以前からの信仰による巌と原住民の信仰に基づく巌に分かれた。
 コメント②小林「密教系霊山と両墓制-三徳山三佛寺・喜見山摩尼寺と宝珠山立石寺」: 墓には、死者を葬る葬地と祖霊を祀る祭地の2つの意味がある。これらは同じ場所で行われるだけでなく、時間の経過に応じて別の場所に移る両墓制がある。両墓制では「埋墓」と「詣墓」に分けられる。近年では両墓制は見られなくなったが、詣墓に代わるものとして福井県おおい町のニソの杜などが挙げられる。


【確定_印刷用】三徳山フォーラム要旨集_page-0007 【確定_印刷用】三徳山フォーラム要旨集_page-0006 【確定_印刷用】三徳山フォーラム要旨集_page-0010


 《感想》 様々な人の話を聞き、三徳山や崖寺についての理解が深まった。三徳山の詳細、仏教や崖寺の歴史、ブータンで信仰されている宗教などを知ることができた。特に、台湾やブータンと日本の崖寺の比較がおもしろかった。ブータンの崖寺は修行の場であり、日中の崖寺は祀堂であることに納得した。ブータンと日本では、修行の仕方も違うのかなと思った。三徳山は修行の場であるが、三徳山では堂までの道のりが修行の場となっている。また、日本でも写経や瞑想なども修行の一環であるが、修験道や滝行など自然の厳しさを活用した修行のイメージが強い。日本は寺に住み、厳しい自然の中に修行に行くイメージである。一方、ブータンでは厳しい自然(崖)で生活し、瞑想が最も重要な修行だというイメージである。ブータンと日本の違いについてもっと知りたいと思った。(3年B班 デミグラス)


投入堂 文殊堂  文殊堂から紅葉と霧


場所の危うさによる緊張感と登り切った達成感

 雨により地面は濡れており、滑りやすくかなり危険な状態だった。カメラを持っていたが、首にかけていると岩にぶつける可能性があり、また、道中写真を撮る余裕はなかったので、リュックにしまった。文殊堂前の鎖坂ではくさりを頼りに岩をよじ登ったが、難易度が高く、A班は一名が安全を優先して、くさり坂登りを断念した。鎖坂を登り終えて振り返ると、山の景色がよく見え、紅葉と霧が幻想的な風景をつくりだしていた。文殊堂まで登ったところで、フォーラムに参加するためにあと数分で登山を中断し下山するように連絡があったが、A班は投入堂の近くまで来ていたため時間が来ても登山を続行した。そこからもいくつか命の危機を感じるほど危ない場所があったが、なんとか目的地に辿り着くことができた。私はA班の後ろから2番目の位置にいたのだが、投入堂はギリギリまで見えず、前を進む2年生らから徐々に「見えた!」という声が上がりだした。最後の角を曲がると一気に投入堂の姿があらわになった。
 鳥取県唯一の国宝である投入堂は、自分が立っている場所の危うさによる緊張感や登り切った達成感、そして絶壁を背にして堂々と建っている姿が相まってとても迫力があり、感動した。と同時に、現在のような機械技術のない時代に、昔の人がどうやってあの断崖に建築したのか益々不思議に感じた。2年生の集合写真撮影を終え、フォーラムに間に合うよう早々と下山を開始した。登っている間にも薄々感じていたことだが、下りは登りよりも危険を伴った。自分も含め、何人か足を滑らしヒヤリとする場面があったが、大きな怪我もなく、全員無事に下山することができた。道中は危険な山道ではあったけれども、実際に国宝を目にすることができて本当に良かったと思った。

三徳山は多面的な性格をもつ霊山

 フォーラムでの6名の講演を聴いて、信仰や宗教はそれぞれがただ個別に存在しているわけではなく、地域や歴史、その他の国やその他の宗教などたくさんのつながりがあることが分かった。また、三佛寺投入堂は自然崇拝の名残や中国およびブータンの懸造り建築との類似、詣墓に代わるものとしての側面があるというように、一つの寺院から様々な側面が見られるというのが面白いと思った。(3年A班 ワッキーナ)


《連載情報》崖と建築のヒエロファニー 日本遺産《三徳山》フォーラム
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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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