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菅原遺跡報告書批評のための習作(6)

図書情報

 少し疲れがとれてきました。インフルの感染も免れたようなので、いざ報告書の精査を始めますかね。まずは図書情報から。

報告書名: 菅原遺跡-令和2年度発掘調査報告書-
発行・編集: 公益財団法人 元興寺文化財研究所
発行年月日: 2023年3月31日
総ページ数: 本文104p. 写真図版1~51 報告書抄録
《報告書抄録》要約: 北区、南区とした2箇所を調査した。このうち、南区とした調査区では丘陵頂部の平坦面から回廊と塀で構成される奈良時代の方形囲繞を検出。その内側から平面略円形(十六角形)の特異な建物跡を検出した。当該地では1981年に奈良大学が中心となって調査が行われており、基壇建物跡1棟を検出し。小型瓦を含む瓦類が出土した。その年代観から『行基年譜』に記された「長岡院」との関連が指摘されていた。今回の調査で出土した土器や瓦類も8世紀中ごろで、ほぼ同時期であることが判明し、両者は一体の施設であったことが明らかとなった。当地は東に東大寺を望み、行基終焉の地となった菅原寺からもさほど遠くない立地であり、推定される創建年代が行基入滅年と近いことなどから、行基の供養堂であった可能性も高い*下線評者

目次と執筆者

 報告書の目次は以下のとおり。〔 〕内は執筆者(所属)を示す。

第1章 調査に至る経緯と調査体制 〔江浦洋・村田裕介(元興寺文化財研究所)〕
第2章 周辺環境と既往の調査 〔江浦〕
第3章 調査の成果 〔江浦・佐藤亜聖(滋賀県立大学)〕
 第1節 調査区の設定と基本層序
 第2節 奈良時代の遺構と遺物
第4章 遺構・遺物の分析
 第1節 菅原遺跡SB140の復元考察
    〔箱崎和久(奈良文化財研究所)・北脇翔平(文化財建造物保存技術協会)〕     
 第2節 出土瓦の検討 〔松田青空(元奈良大学)・江浦・佐藤〕
 第3節 鉄製円盤の検討 〔江浦〕
第5章 調査のまとめ-要点の整理と課題
 〔執筆者不明記だが、編集は江浦(補佐:芝幹)とあるので、常識的には江浦の執筆と思われる〕  


批評ー多宝塔は供養堂ではない

 報告書抄録の「要約」にある以下の部分がとても重要であり、気になるところである。

  《略》推定される創建年代が行基入滅年と近いことなどから、
     行基の供養堂であった可能性も高い。

 まず、推定される創建年代は、行基没年(749)直後の十年ばかりに編年される6711B型式の軒平瓦によって「行基入滅年に近い」と言えるのだが、報告書本文では、これを回廊等の甍棟に使用した瓦とし、最初に造営されたはずの円形建物の所用瓦を小型瓦とする点、工程プロセスからして納得できない(連載8)。そしてまた、「行基の供養堂」と推定しながら、供養堂の建築形式を「多宝塔(の初現形式)」とするのも理解不能な解釈である。供養堂は特定の人物を紀念し供養する施設であり、一般に八角円堂を造営し、回廊等によって囲繞する(回廊がない場合もある)。法隆寺東院夢殿、興福寺北円堂などがその代表例である。一方、多宝塔は大日如来、多宝如来など特定の尊格を安置し祀る仏堂的仏塔である。賢者・権力者の供養堂とは異なり、回廊等で囲繞されることはない。抄録にいうように、円形建物が「供養堂」ならば、八角円堂系と考えるのが自然であり、多宝塔になるはずがない。
 

 さて、報告書全篇にあたって表現や解釈を追跡しても意味はないので、ここでは円形建物跡等を検出した南区の遺構と遺物の調査成果を精査する。第3章の冒頭部分から建物復元・遺跡理解と係りそうな部分を抜粋転載しつつ問題の存否をみていこう。

報告書 第3章第1節 調査区の設定と基本層序:pp.10-12

 【基本層序】 《略》調査区はいずれも丘陵頂部の平坦面であったことから、両調査区ともに基本的には耕土の直下が地山面という状況を呈している。南区では、地山を覆う耕士は北東側では層厚30〜40cmであるが、南西側では薄く、10cmに満たないところもある。なお、調査地の北東側では図26に示した範囲で盛土による整地が行なわれていた状況を確認している(整地土1)。建物造営にあたって、北東側には盛土を行う地業がなされていたことが判明している。また、宅地造成の基礎造成工事が進行する段階で行った現地での最終確認調査では南区の北側、SB150から北に約12mの地点でも遺物を包含する土層を確認している(整地土Ⅱ)。当該層に関しては局地的な掘削に留まったこともあり、整地土としているが斜面に推積した流入土、いわゆる包含層であった可能性もある。《略》南区・北区ともに、古代の遺構が検出される地山面は耕作等による削平が及んでいるとともに、現代にいたるまでの攪乱が顕著である。

報告書 第3章第2節 奈良時代の遺構と遺物 第1項 南区:pp.13-

 【南区全体概要】 南区において大規機な回廊と塀で取り囲まれた区画と、その中心に円形建物と考えられる建物痕跡を検出している。円形建物(SB140)を方形に画する回廊(SC160・SC180)と塀(SA170)はいずれも80~100cm四方の方形掘方を持つ柱穴で構成されており、柱穴総数は北側建物(SB150) を除いて35基を検出している。柱は掘立柱構造で、柱間約3m前後を測り、柱痕跡からは直径30cm程度の柱が想定できる。柱はいずれも抜き取りが行われ、抜き取り後は丁寧に埋め戻されている。東・南面では一部の柱穴が斜面の崩壊により失われている。
 《略》最終確認調査で北面東半分が塀(SA170)であったことが判明し、東面と南面東半分も塀構造であった可能性が高まった。南面西半が回廊であった場合、回廊中心間の推定距離は南北37.4mを測り、内法は34.6mとなる。これに対し、東西方向は内法36.5mを測る。東面掘立柱列(SA170)では円形建物(SB140)の東側正面に位置する部分で、柱穴が検出できない部分がある。攪乱が著しく断定はできないが、当該箇所にはが存在していた可能性がある。この柱穴が存在していない部分に並行して雨落ち溝と考えられる溝(SD050)が確認されている点も門の想定を補強するものである。さらにこれに直交する溝(SD002)が確認されており、門と中心建物を結ぶ参道の側溝である可能性がある。回廊(SC180)の北側で検出した溝(SD034)は当初、雨落ち溝の可能性も想定していたが、柱列との間隔や傾斜変換点に掘削されていることなどを勘案し、排水溝としての役割を持つものと判断している。これらの溝埋土からはいずれも直径2〜4cmの白色の玉石がまとまって出土しており(写真1・2)、区画内は本来玉石敷きであったと推定される。
 北面回廊・塀には東西5間、南北2間、南北梁行約6m、東西桁行約15mを測る東西棟の建物(SB150)が取り付く。同様の建物が南面回廊にも存在していた可能性が考えられるが、撹乱による破壊のため明確ではない。円形建物(SB140)は15基(推定16基)の柱穴が円形に取り巻き(外周柱穴列)、その内部には長方形を基調とした浅い土坑(内周土坑列)が芯々で直径約9.5mの円周上を巡る二重構造である。当該土坑の内側からは柱穴などの遺構は検出されなかった。この土坑からはごく少量ではあるが凝灰岩の破片が出土している。外周の柱列は直径14.7mの円周上を巡り、柱穴は円形もしくは楕円形を呈し、径は長短はあるが、60cm 前後のものが多い。柱痕跡からは直径 20cm 前後の柱材の存在が推定できる。
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 いま施した下線はすべて評者による。後の批評と係る重要部分だが、ここではこのままとする。読者のみなさんにお願いします。今回示したように、当ブログでは、圧縮しながらできるだけ報告書の内容を転載するようにしますので、みなさんもわたしたちと一緒にこの報告書の内容について考察してください。もちろん、わたしたちの意見が正しいとは限りません。しかし、報告書には、相当偏向した解釈も含まれているので、それをご自分で評価していただければ嬉しく思います。《続》


《連載情報》 菅原遺跡報告書批評のための習作
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2684.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2706.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2707.html
(4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2713.html
(5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2714.html
(6)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2737.html
(7)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2738.html
(8)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2739.html
(9)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2740.html
(10)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2741.html
(11)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2742.html
(12)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2743.html
(13)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2744.html
(14)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2749.html
(15)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2750.html
(16)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2751.html
(17)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2752.html

《関係サイト》
大僧正行基の長岡院に関する継続的再検討《2023年度卒論中間報告》
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2675.html
行基と菅原遺跡に係る意見交換@松山(8月)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2686.html
寧楽徘徊(Ⅱ)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2704.html
 

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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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