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訃報-大貫静夫さん

 さきほど奥様から電話があり、大貫静夫さん(東京大学名誉教授/新石器考古学)のご逝去を知った。昨日年賀状を(ごく少数の方々に)書いたばかりだった。体の調子はどうか、と尋ねたその日(28日)に旅立ったらしい。悪性リンパ腫(血液の癌)で入退院を繰り返されていたが、本人も覚悟をしており、異常なスピードで論文を書き続けていた。著作集の類にいっさい興味はなく、まだ書いておかないといけないものがあると言い、ひたすら新作に拘って著作に邁進された。見倣わなければいけない。
 大貫さんと私は、語学力不振のため、北京語言学院に1年(1982-83)収容された最後の国費留学生(大学院生)である。今年5月、軽度の脳梗塞で入院した際に電話して、「俺の方が先に逝くかと思った」などと雑談したことを懐かしく思い出す。「退院おめでとう」というショートメールもスマホに残っている。縄文中期の埋没スギの報道についても知らせたところ、理路整然と「加工痕」など残るはずはないという意見を頂戴した。新石器研究者のプライドを感じさせる語り口だったが、電話の向こうの声は小さく、枯れていて、「また入院だ」と嘆いていた。あれが最後の交信になった。無念としか言いようがない。
 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

以下、葬儀情報。
 
 葬儀日時: 1月5日(金)10:00~11:00
 喪主: 大貫浩子様(ご令室)
 会場: 町屋斎場    *通夜はなし
https://gc-tokyo.co.jp/funeral_hall/machiya.html?utm_source=yahoo&utm_medium=cpc&utm_campaign=search&yclid=YSS.1001264898.EAIaIQobChMIz9K0lNy0gwMVZ_5MAh0PtgbcEAAYASAAEgL1PvD_BwE

《町屋斎場》〒116-0001 東京都荒川区町屋1-23-4 ℡0120-622-288
アクセス: 京成本線「町屋」駅より 徒歩5分
東京メトロ千代田線「町屋」駅(1番出口)より 徒歩5分
都電荒川線「荒川七丁目」駅より 徒歩3分
都電荒川線「町屋駅前」駅より 徒歩5分


 《12月30日追記》  昨夜、3名の方にメールで訃報を知らせた。四国のMさんからただちに電話が入った。私と同じで、賀状を書いたばかりだという。残念で仕方ない、みんなほぼ同期で北京に居たんだから。正月は僧職の仕事も多く、さすがに東京まで飛ぶのは躊躇われ弔電になるというが、「私の分まで拝んできて」と何度か口にされた。

初期近代としての近世

 一夜明けた早朝、北海道ロコソラーレの里からもメールが入った。何も知らなかったという。そして、ブータン、上海でお世話になった方々に賀状を書いていた昼頃、見知らぬ番号から電話あり。東京のMさんであった。いったい何年ぶりだろう。だれに電話番号を訊いたのかと尋ねると、滋賀のMだという。東京のMさんもまた北京のほぼ同期である。大貫さんと同じ大学の有名な文化人だが、我々考古系のグループとは棲み分けがある(ちょうど賀状を送ろうとしていた天津大学のXS女士はM氏のグループ)。記憶を辿ると、研究所の室長時代に調査室で電話を受けて以来だから、たぶん二十数年ぶりの声である。
 大貫さんの話題は短かった。同じ大学ではあるけれども、専門分野が違いすぎて、さほど交流がなかったのかもしれない。ライフワークとして(アジアの)近代建築史を書こうとしているが、近世から始めようと思ったのだという。「近世」などという時代概念は、たぶん世界中で日本にしかない。英訳すると、Early Modern Time であり、中国語でどういうのか気になったので、ディープルで「中国の近世建築史」の訳語を確認すると、

 (英)History of Early Modern Architecture in China
 (中)中国早期近代建筑史 

であった。つまり近世とは、諸外国において、近代の初期(Early Modern)であり、「近代以前(Pre-Modern)」の意味合いが強い日本の近世とは相当感覚が異なる。だからこそ改めて、梅棹忠夫の『文明の生態史観』(1955)の先見性には驚かされる。梅棹流の「近世」とは、自発的な Early Modern にほかならないからだ。

完新世なら大貫静夫の著作を読め!

 ここで話が大転換する。自分で文章を書いていて、「なぜ近世なのか」という疑問点を抱いたというところまでは理解できた。そこからが凄い。完新世から書き始めようと考え直したというのである。完新世って新石器時代ですよ。近代建築の書き始めが新石器ってどういうことなのか、頭の良い人が考えることは訳わからんな、と思いつつ、矢継ぎ早に質問がくるので、答えるしかない。(氷河期の)氷期から間氷期に変化する13.000~10,000年ばかり前に世界中で土器と定住的住居集落をもつ新石器文化が萌芽し始め、約7,000~5,000年前のヒプシサーマル(気候温暖)期に地上の大型建築が出現する、というような話をした。この種の話題は、新石器考古学の大家、大貫さんが最も得意とするところであり、私の著作を検索する前に、大貫さんの論文を出来るだけたくさん読んだほうがいい。

 なるほど、こういうことか。8年前の正月に仕入れた芸人ヒロシの格言集を思い出した。結果として、電話の7割は建築考古学の情報提供になったのだからね。次は、1月5日に町屋斎場で、と言われたが、ともかくデブになったので、いまの姿をさらすのは恥ずかしいと答えた。いまやブリーフ団(L)の影武者に十分なれそうであり、奈良の家にある礼服を試着したところ、全然ボタンがとまらない。さきほどイオンまで出かけ、でっかい黒服を買いそろえてきた。5月に退院したときは少し痩せていたのに、服薬で安心してしまい、宇治抹茶シェイクに嵌るんだから、リバウンドもしますわね。
 久しぶりの東京。ホテルは予約したけど、新幹線のチケットはまだ確保してない。
 

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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