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ブータンにおけるボン教/非仏教系の遺産-クブン寺とベンジ村を中心に-《2023年度修論概要》後編

修論スライド15(東) 修論スライド15追加図(東)
スライド15+追加図2

4.ボン教徒の隠れ里ベンジ村
 
 トンサ地区の山村、ベンジ村には村人が共有する伝説がある。8世紀後半、吐蕃の版図を最大にした仏教王ティソン・デツェンには3人の息子がいた(4人説あり)。王はボン教から仏教へと国教の舵を切り、国民の仏教への帰依を求めた。王の2人の息子もそれに従ったのだが、一番下の息子だけはどうしてもボン教を捨てられない。そこで、王は「おまえはラサでは生きられない。遠くに逃げろ」と命令する。その末っ子の王子が落ちのびて居着いた場所がベンジだということである。2022年12月26日、ベンジ村に着いてすぐ、「明日は祭りがあるから、今日はボンの旗を立て替える」ということで見学した。仏典旗とは異なり、ボンの旗は綿帽子を載せる。旗竿には複数の動物を描く紙札を貼る(追加図2)。


修論スライド16(東) スライド16


 ボンの旗が立つ高台からは、流域の守護神ムクツェンが棲む霊山を遥拝できる。旗を立て終わると、願いが叶うようムクツェンの峰を向いて、まじないを唱える。その後、勢いよく焼酎アラッを旗竿や周囲に振り撒き、自らも呑む。ボン教徒がムクツェンを祀る点には注意を要する。ムクツェンはボンの神ではなく、流域の守護神だからだ。言い換えるならば、クバーネⅣ期にあたる神霊である。ベンジ村の人々は吐蕃王朝期のボン教徒の末裔であるならば、その信仰はクバーネⅠ期を継承している可能性がある。つまり、クバーネⅠ期の原始ボンとクバーネⅣ期の現代民間信仰には一定の連続性があるのかもしれない。


修論スライド17(東) スライド17


 ベンジ村にはカーストが今も残っており、旧封建領主の地主の邸宅をナグツァンと言う。ここはゲストハウスでもあり、わたしたちも3階の部屋に寝泊まりして調査した。母系の大家族がここに暮らしており、近隣の親戚もしばしば集まる。3階の中央間は仏教寺院の本堂とみまがうほど立派な仏間である。90歳を過ぎたおばあちゃんは、毎日何時間もここで読経している(お迎えが近いから)。仏壇の中心には、無量寿仏(アミターユス)、釈迦、グル・リンポチェなどを祀り、左右の壁画には、忿怒尊バジラキラヤや歓喜仏ヤプユム、ドゥク派の高僧などを描いている。


修論スライド18(東) スライド18


 ベンジ村でも、仏間以上に、その奥にあるギョンカンが重要である。ギョンカンには、流域の守護神ムクツェンが祀られているが、偶像ではなく、ご神体が厨子の奥に隠されている。ただし、ムクツェンの用心棒である武勇神カタップの等身大立像が左奥の隅にあって祭壇を守護しているので、暗い部屋全体のおどろおどろしさはクブン寺以上に迫力がある。ふつう外部者はギョンカンに入ることができない。わたしたちがナグツァンに滞在したとき、姪の女性が手伝いにきていた。その女性は近々アメリカに移住することになっており、ビザ取得が順調に運ぶことを願って、僧侶を3名招き、ギョンカンで祈りの読経をした。非仏教系のムクツェンを祭る司祭が仏教の僧侶である点は、仏教とボン教/非仏教の融和、あるいは「仏教のチベット化」(Imaeda 2010)を感じさせる。ナグツァンの男主人によると、仏教は悟りと係る高尚な哲学として重要だが、自分たちの生活とは縁遠い存在だと言う。一方、ボン教の祭神たるムクツェンは、日常生活にご利益をもたらし、厄災を遠ざける必要不可欠の神様とみなされている。住宅の中心的位置を占めているのは仏間・仏壇だが、その奥の小さなギョンカンに祀られているムクツェンが日常世界では、最も重要な崇拝対象となっている。


修論スライド19(東) スライド19


5.流域の守護神とヒマラヤの守護神

 調査の最終日に必ず訪れるパロの仏教寺院ゾンドラカで、多数の仏典旗に混じった1本のボン旗を発見した。また、本堂奥のギョンカンには、流域神ダンチェン・ドルジ・レクパを祀り、その前方には武勇神カタップの像を配しており、仏教寺院でもボン教徒の村と似たような要素を確認している。


修論スライド20(東) スライド20


 ハ地区のハテ村には、「チュンドゥ・ラカン」という寺院がある。私たちが訪れた2023年9月1日は年に一度の大祭が催されており、次々と正装した村人が参拝に訪れた。チュンドゥ寺は、表向きは仏教寺院だが、本尊と呼ぶべき尊格は流域の守護神チュンドゥである。本堂の中心にはもちろん大きな仏壇を構える。チュンドゥとその弟ジョウヤの立像は仏壇両脇の隅に配される。両端にありながら、参拝者の重心はこの兄弟神に向いている。たとえば近年激増する海外流出者は、海外での成功と幸福をこの兄弟神に祈願する。司祭はドゥク派の住職であり、仏教との融合を図っている。


修論スライド21(東) スライド21


 チュンドゥ寺のあるハテ村には、一軒だけチュンドゥ兄弟の偶像を置く民家がある。ジュング家では代々、土地神の偶像を保管し祭祀してきたのである。仏壇の脇の壁沿いに、青鬼チュンドゥと赤鬼ジョウヤの像を置いている。仏像と土地神でどちらが大切かと聞くと、一家の夫婦はあっさりチュンドゥ兄弟を指さした。位置関係をみると、やはり中心は仏壇であり、脇壁にチュンドゥ、ジョウヤという序列はあるが、信仰の重みは逆転している。さらに面白いことに、ハテ村からかなり離れたカッツォ村でも、地元の仏教寺院とチュンドゥ寺の軽重を訊ねたのだが、こちらもあっさり「チュンドゥ寺が重要」との返事が返ってきた。地元の仏教寺院はどこにでもある山寺だが、チュンドウ寺はハ地区ハテ村にしかない。頼み事があるときは必ずチュンドゥ寺まで参拝に行くとのことである。やはりハ地区においても、仏教以上に土地の守護神に対する信仰が篤い。その事実をはっきり知らされた。


修論スライド22(東) スライド22


 ブータン国内にとどまらず、もっと広い範囲で信仰される守護神も知られている。首都ティンプーの山麓にあるディチェンプ寺は、ヒマラヤの守護神ゲンイェンを本尊とし、参拝客を集めているが、国家の根幹に係る儀式の場所であるため、外国人は境内に入れない。伝承によると、12世紀、ドゥク派の開祖パジョ・ドゥゴム・シクポの息子ダンパが「ゲンイェンの寺」として開山した。17世紀になって、ブータンの建国者ガワン・ナムゲルが参拝に来たとき、ゲンイェン神が姿をあらわす。神はナムゲルに国家統一を指示した後、姿を消し、本堂前の大きな石に染み入った。今でも、この石がゲンイェンのご神体である。この石は小さな覆屋の下にあるが、新しい3階建本堂の最上階には偶像があるとも聞いた。もともと石や山など特殊な自然物を神として崇めており、それが偶像化していくのは仏教の影響としか考えられない。
 近年、ブータンでは、富を求める若者の国外流出が激増している。移住を願う者は必ずディチェンプ寺を訪れ、ゲンイェン神に事の成就を祈願する。その参拝者があまりに多すぎて、「ゲンイェンは疲れている」と噂されている。


修論スライド23(東) スライド23


6.おわりに-優位と劣位の反転

 以上、7ヶ所の寺院や邸宅で調査した非仏教的神霊の属性と祭場について表で整理した。事例数が少ないと思われるかもしれないが、神霊をまつるギョンカンに入室し撮影するまで10年を要している。
 まず強調しておきたいのは、②クブン寺は祭神・年代・開祖からみて、クバーネⅢ期のユンドゥンボンの寺院であったのは間違いないと思われる。ブータンに残る唯一のユンドゥンボン寺院遺産として改めて注目される。
 ③ベンジ村は、古代チベットから逃げてきたボン教徒の村だが、かれらの祭神は流域の守護神ムクツェンであり、ムクツェンは山に棲んでいる。現代の非仏教系神霊が古代ボン教徒と結びつく点は注目すべきであり、クバーネⅣ期(現代民間信仰)とクバーネⅠ期(原始ボン)の連続性を感じさせるが、実態は不詳である。
 ④と⑤チュンドゥ兄弟をボンだというインフォーマントもいたが、地域住民全体に共有された考えではない。ただし、祭場が仏堂で祭神が偶像化しており、プナカのアムチョキムとともに強く仏教の影響を受けている。


修論スライド24(東) スライド24


 このように、非仏教系神霊の仏教化の強弱については、祭場と偶像化によって推し量ることができる。この2点に注目して調査例を3つのタイプに分けた。すなわち、

A.仏堂・仏間内部に偶像が祀られる・・・①④⑤
B. 仏堂外のギョンカンに偶像を祀る・・・②⑥
C. 仏堂外のギョンカンにご神体を隠して祀る・・・③⑦

 の3タイプである。Aタイプは、先ほど述べたように、①の魔女アムチョキム(チメラカン)と④⑤の流域神チュンドゥ兄弟(チュンドゥ寺・ジュング家)が該当する。これらは、土地神が仏法により調伏され、仏教側の守護神に変換されたものである。祭場、偶像化からみて仏教化は著しく、その祭場は、仏堂の片隅だが、仏教側の守護神に変換されても、土地神としての重要性は揺らいでいない。民衆は今でも日常生活を左右する存在として仏教の尊格以上にチュンドゥやアムチョキムを篤く敬っており、年に一度大祭を催す。
 Bタイプは②のクブン寺と⑥のゾンドラカ寺が該当する。クブン寺はユンドゥンボンの寺であったので、仏教の影響を強く受けている。ゾンドラカの流域神ダンチェン・ドルジ・レクパはギョンカンに祀られ、境内にボン旗を立てている。レクパとカタップは偶像化しているのでやはり仏教の影響がある一方で、ボン旗とギョンカンは非仏教的であり、両者の融合を表現する仏教寺院と言える。
 Cタイプの典型は③のベンジ村ナグツァンのムクツェン神である。仏堂奥の独立したギョンカンにご神体を祀っている。ムクツェンは本来、山に棲む神であり、古いタイプの祀り方だと思われる。ただし、用心棒の武勇神カタップは偶像化しており、ゾンドラカ寺にもあるので仏教の影響を感じさせる。⑦のディツェンプ寺の祭神ゲンイェンも石をご神体としている点は古式だが、建国者ガワン・ナムゲルとの対面までは無形の存在であり、対面後、石に染み入り、その石がご神体となった。石の覆屋が古いギョンカンであり、新しいギョンカンは新築の本堂3階にあって偶像を祀っており、仏教的になっている。土着的神霊の偶像化は仏教受容以後のことであり、本来は石や山などの特殊な自然物をご神体とする無形の存在であったと考えられる。


修論スライド25(東) スライド25


 最後にもう一度言っておきたいことは、仏教に対する非仏教系神霊の祭場の劣位性である。仏堂・仏間・仏壇の中心部には国教たる仏教の尊格を配し、非仏教系神霊は奥・隅・端など劣位の場所を祭場とする。しかし、 日常的な優位は非仏教系神霊にあり、仏教的尊格は平民とは異次元の高尚な修行・哲学的思考と係わるものとみなしている。祭場の劣位性とは反転し、日常の生活意識は非仏教神霊が優位にあり、日々の精神生活を支配している。 【完】


《参考文献》
1.浅川滋男・大石忠正・武田大二郎・吉田健人(2017)「ブータンの崖寺と瞑想洞穴(2)-第4 次調査の報告-」『公立鳥取環境大学紀要』第15 号:pp.63-82
2.浅川滋男・大石忠正(2018)「西ブータンの崖寺と民家―ハ地区を中心に―」『公立鳥取環境大学紀要』第16号:pp.PR1-17
3.浅川編(2022)『ブータンの風に吹かれて-中後期密教空間の比較文化』公立鳥取環境大学開学20周年記念号:100p
4.浅川編(2023)『居場所とマイノリティ-ブータンとウクライナ、そして過疎社会-』令和4年度公立鳥取環境大学特別研究費助成成果報告書:124p、公立鳥取環境大学
5.今枝由郎(2003)『ブータン仏教からみた日本仏教』NHKブックス
6.今枝由郎(2008)『ブータンに魅せられて』岩波新書
7.今枝由郎(2017)『ブータンの瘋狂聖 ドゥクパ・クンレー伝』岩波文庫
8.今枝由郎(2013)『ブータン 変貌するヒマラヤの仏教王国』大東出版社
9.大石忠正(2017卒論)「ブータンの崖寺と瞑想洞穴-第4次・5次調査の報告-」公立鳥取環境大学
10.熊谷誠慈編(2022)『ボン教 弱者を生き抜くチベットの知恵』創元社
11.国立民族学博物館編(2009)『チベット ポン教の神々』財団法人千里文化財団
12.小西賢吾(2015)『四川チベットの宗教と地域社会 宗教復興後を生き抜くボン教徒の人類学的研究』風響社
13.小西賢吾(2017)「チベット族とボン教のフィールドワーク―縁をたぐり寄せ、できることをすること」、西沢治彦・河合洋尚編『フィールドワーク 中国という現場、人類学という実践』風響社:pp.137-153
14.谷愛香(2020卒論)「ブータン仏教の調伏と護法尊に関する基礎的研究―白/黒の対立と習合」公立鳥取環境大学(卒論概要は浅川編2022:p.90-91掲載)
15.地球の歩き方編集室(2016)『地球の歩き方 D08 チベット 2016~2017年版』ダイヤモンド社
16.光嶌督(1992)『ボン教学統の研究』風響社
17.光嶌督(1985)『ボン教・ラマ教史料による吐蕃の研究』成文堂
18.藤井鈴花(2021卒論)「チベット・ブータン仏教とボン教の歴史的相関性に関する予備的考察」公立鳥取環境大学(卒論概要は浅川編2022:p.92-93掲載)
19.吉田健人・浅川滋男 (2016)「ブータンの崖寺と瞑想洞穴」『公立鳥取環境大学紀要』第14号:pp.51-70
20.Francoise Pommaret(2014)‟Bon in Bhutan. What is in the name? ”, KUMAGAI Seiji.ed. Bhutanese Buddhism and Its Culture, Vajra Publicatious, pp.113-126.
21.IMAEDA Yoshiro (2010) ‟The Bar do thos grol, or ‘The Tibetan Book of the Dead’: Tibetan Conversion to Buddhism or Tibetanisation of Buddhism?”, In: Matthew T. Kapstein and Sam van Schaik (eds), Esoteric Buddhism at Dunhuang/ Leiden: Brill,pp.143-158.
22.Karmay Samten(2000)‟Dorje Lingpa and His Rediscovery of the‘Gold Needle’in Bhutan.”Bhutan Studies Journal,Volume2.No.2., .
23.Karma Puntsho(2013)The History of Bhutan,Haus Pub
24.Kunzan Choden(2021)Ashi Tshomen:The Mermaid Princess, RIYANG BOOKS
25.Kvaerne(1995)The Bon Religion of Tibet: The Iconography of a Living Tradition. London: Serindia.
26.Kvaerne and Martin(2023)‟Drenpa's Proclamation: The Rise and Decline of the Bön Religion in Tibet ”Vajra Academic vol.III,. Kathmandu
27.Stein R.A.(1974) Tibetan Civilization, A Stanford University Press classic.
28.Thinley Lopon Kunzang(2013).Seeds of Faith:A Comprehensive Guide to the Sacred Places of Bhutan.Volume2.Thimphu:KMT Publications
29.Tsering,Dawa(1993)Introduction to the Traditional Architecture of Bhutan.Thimphu:Department of Works,Housing and Roads

《参考サイト》
1.Wikipedia ボン教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%B3%E6%95%99
2.Wikipedia Bon
https://en.wikipedia.org/wiki/Bon
3.百度百科 笨教
https://baike.baidu.com/item/%E7%AC%A8%E6%95%99
4.Bhutan Cultural Atlas 「Bonbji / Bemji Choje Nagtshang」
https://bca.clcs.edu.bt/2015/10/bonbji-bemji-choje-nagtshang-4/
5.Bhutan Cultural Atlas 「Ola Tsha Tsha: A Bon Ritual in Hatey village」
https://bca.clcs.edu.bt/2023/04/ola-tsha-tsha-a-bon-ritual-in-hatey-village/
6.Bhutan Cultural Atlas 「Berti Kharchoed: A Bon offering of Berti」
https://bca.clcs.edu.bt/2018/09/berti-kharchoed-a-bon-offering-of-berti/
7.Kumbu Lhakhang, Wangdue Phodrang, Bhutan
https://www.orientalarchitecture.com/sid/1560/bhutan/wangdue-phodrang/kumbu-lhakhang
8.ボン教-百度百科とウィキペディアの比較
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2292.html
9.旧科研実績報告大改訂(ブータン2018-2022)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2702.html
10.第9次ブータン調査活動概要
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2665.html
11.第10次ブータン調査活動概要(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2698.html
12.第10次ブータン調査活動概要(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2699.html
13.ブータン民話絵本の解題(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2772.html
14.ブータン民話絵本の解題(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2774.html
15.ブータン民話絵本の解題(3)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2773.html

《連載情報》崖と建築のヒエロファニー 日本遺産《三徳山》フォーラム
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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