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聖神社の建築年代(Ⅰ)

0808聖神社本殿01 0808聖神社本殿03三斗組


 3年女子2名がインターンシップの関係で、8日・9日と聖神社本殿の修理現場で活動した。わたしも現場にお邪魔し、科学的年代測定の端材の選択を大工さんと協議した。昨年の拝殿・弊殿、今年の本殿とも野小屋にあって差し替える桔木(はねぎ)が有力な候補となった。なにより樹皮をはいだ丸太の状態であり、辺材(シラタ)を完全な状態で残している。樹種はマツ。ここで年輪年代測定は脱落し、炭素14年代(ウィグルマッチ)に方法が絞られた。ウィグルマッチの場合でも、年輪が多いにこしたことはない。女子学生2名が目視で計測した結果、差し替えする拝殿・弊殿の2点の桔木のうち、1点が50年以上(↓)、他の1点が30数年であり、本殿差し替え予定の3本の桔木はすべて30数年分の年輪しか残していなかった。当然のことながら、50年以上の年輪を残す拝殿・弊殿の桔木が最有力の候補と決まった。近く、見積もりに出そうと思う。


0808聖神社拝殿02伐採後 ←拝殿桔木の断面


 さて、県指定文化財「聖神社本殿・拝殿・弊殿」は、宝永七(1710)年改築後の作とされているが、わたしはこの建築年代に疑問を覚えている。まず過剰な装飾が18世紀初期という年代に不釣り合いであり、なにより、絵様が新しい。妻飾虹梁、破風、木鼻などに残る渦の形は楕円形で彫りの線の幅もかなり太いから、常識的には、19世紀前中期の様式と思われる。摩尼寺本堂や米子の八幡神社に近いデザインを示している。はたして桔木の炭素14年代はどういう結果を示すのか。かりに18世紀初期を示した場合、幕末に大改造があったことになるが、19世紀中頃を示した場合、建築年代を根本的に再考する必要に迫られるかもしれない。
 全面扇垂木や台輪など禅宗様の影響が強いところにも特徴があり、その一方で向拝三斗組の大斗・巻斗には強い曲線をもつ皿斗(大仏様)を使っている(一番上の2枚の写真を参照)。
 個人的には18世紀初期にまで遡る建築とは思えない。文化文政期以降の作であろうとここに予想しておく。


0808聖神社本殿02絵様02妻飾虹梁
↑本殿妻飾虹梁

0808聖神社本殿02絵様01破風
↑破風 ↓隅木?  この渦が18世紀?? 幕末以降でしょう・・・
0808聖神社本殿02絵様01破風02 

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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