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ドラフ巡礼(Ⅱ)-ブータンの洞穴僧院を往く

0909ゾンドラカ06眺望01←ゾンドラカ寺からの眺望


先発隊出国

 9月8日(日)、ブータン調査先発隊の白帯、ユート、私の3名は朝早く大学に集合しました。測量器材はもちろんのこと、画板、カメラなどなど調査に必要最低限の道具一式を全て持っているかどうかの確認をしました。大半の測量器材は、奈良にいる先生のキャリーバックに納まっているはずです。夕方5時代の飛行機に乗ります。私は、今回初めての海外だったので、出発前から緊張して、関空に着くまでですでにとても疲れていました。空港で教授2名と落ち合いました。海外旅行保険やドルへの両替などがあり、出発前からすでにドタバタしていました。
 出国審査の際に持ち物検査が待ち受けていました。調査に必要なカッターナイフやまち針、コンベックスその他諸々をキャリーバックに詰めておいたので、手持ちのリュックの中には取り上げられるものはないと自負していました。ベルトコンベアに持ち物を流し、自分は検査ゲートをくぐります。無事ゲートを通過したのですが、安心したのも束の間、、、リュックに入れていたカルピスと制汗剤を没収されました。液体は危険物(爆発物)扱いされるのです(ミーティングで先生から指示されていたのですが)。うなだれていると、ユートも爽健美茶茶とカッターと日焼け止めを没収されていました。沈んだ気持ちのままボーディング。とても居心地のいい椅子でした。ですが、やはり国際線。外国人が多いせいか、変に緊張してしまい、あまり眠ることはできませんでした。


0909ゾンドラカ05山羊


バンコクの夜

 バンコク国際空港着は夜の9時半ころ。預けた荷物は直接パロに届けられるので、結構身軽でしてバンコクの街に出ることに。空港から大型タクシーに乗り、世に名高いPPストリートで下車。まずは屋台でビールを一杯。「東京オリンピック招致成功に乾杯!」。シメで食べたニョクマム風味のラーメンが最高でした。
 食後、教授1名は集合時間・場所を決め、またたくまに夜の闇へと消えてゆきました。もう1名の教授と白帯さんも気づくと姿をくらましている・・・残された私とユートは屋台のラーメンをまた食べたり、お土産の通りを見回ったりしていました。
 時間通り、待ち合わせの場所に立っていると、教授1名と白帯さんが満足げな顔をして戻ってきました。その後ろから、肩を落とした別の教授も戻ってきました。その顔で三人に何があったかは、私でも一目瞭然・・・タクシーで空港に戻り、ドルゥック・エアー前のベンチで仮眠をとりました。9日早朝、バンコク空港を出発。パロに向かう飛行機は小ぶりで、こんな小さなモノがちゃんと飛ぶかどうか心配でした。機内は外国人ばかりで、日本語が通じないことに恐怖を覚えてしまいました。

0909パロ昼食01 0909パロ昼食02
↑ブータン最初の食事(パロのレストラン)
0909ゾンドラカ07背負子
↑背負子にのったインパルス


0909ゾンドラカ04 0909ゾンドラカ03縦


ゾンドラカでウォームアップ

 ドゥルック・エアーのフライトはいちどインドの地方都市におりて客をのせ、パロに向かいました。機上時間は約4時間。現地時間の10時半ころパロ空港に到着しました。空港には、ガイドのウータンさんが出迎えです。まずはホテルにチェックインし、シャワーや歯磨きをして少し体を休めました。昼食をとり、午後から軽く調査のウォームアップをすることになりました。
 めざすはゾンドラカ寺。その寺は西岡京治紀年チョルテンから見渡せる山の崖際に建っており、先生が昨年の訪問をされた発見した寺院です。ゾンは「城」、「ドラ」は崖、カは「口」を意味します。ですから、ゾンドラカとは「崖の口(岩陰や岩窟)にたつ城」という意味です。この寺は調査の最終日(17日)に本格的な調査をおこなったので、そこで詳しく述べてくれるはずです(ベッチ担当)。正確な地名・寺名をここに示しておきます。

  Bondey地区 Gabjanka村 Dzongdrakha寺


0909ゾンドラカ01 0909ゾンドラカ02


 ゾンドラカで、ハンディ・トータルステーション「インパルス」を立ち上げることになりました。はたしてインパルスはうまく機能するのか。その期待は裏切られました。三脚とインパルスの間に挟み込む台座がガタガタ揺れて安定しないのです。先生は「それみたことか」という厳しい顔をしておられます。先生は大・中ふたつのスーツケースに約45キロの荷物をいれてもってこられていたのですが、大きな方は31キロ以上の重さで、そのなかに二つの台座を箱ごと納めていたのです。先生は関空で学生が軽装であらわれたことに不快感を示されていました。何かがおこると予感されていたようですが、いきなり台座の狂いが発生したのです。いうまでもなく、31キロの荷物のなかで精密器材が干渉しあい、壊れてしまったとしか考えられません。白帯さんと私は、途方に暮れていました。
 そんな状況を救ってくれたのはウータンさんでした。木の破片を削って楔をつくり、グラついていた台座の隙間に埋め込んだのです。すると、台座の揺れはなくなり、インパルスの水平が取れるようになったではありませんか。ウータンさんの技術に一同感心しきり。しかし、この日は日が暮れて時間切れと相成りました。データをダウンロードするタブレットも電池切れで、測量を試行することもできる、器材を片付ける羽目になってしまいました。先生の目がますます厳しくなっていったのは言うまでもありません。
 帰路、西岡紀年チョルテンに立ち寄り、合掌しました。西岡京治のことについても、後日触れることになるはずです。(ケント)


0909西岡チョルテン
↑西岡チョルテン


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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