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ドラフ巡礼(Ⅲ)-ブータンの洞穴僧院を往く

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 9月10日(火)。調査の2日めを迎え、教師は朝から機嫌がよろしくない。昨日のゾンドラカ寺での測量ウォームアップの不調が調査全体に暗雲をなげかけている。その遠因は学生たちの軽装にあった。まるで「北海道3泊4日の旅」のような出で立ちで関空にあらわれた彼らをみて唖然とし、あれだけ予め注意していおいた液体物やカッター類を手荷物検査で次々にとりあげられていく不注意さに言葉を失った。不慣れな海外旅行とはいえ、ブータンのような高地に対するレスペクト、あるいは調査の重みに対する意識が最初からあまり感じられず、この先どうなるのか、という不安が拭えなかった。
 朝食後の部屋でわたしは荷物と格闘していた。スーツケース2台の総重量は45キロ。なんでもかんでも放り込んでいる。これは何なのか、と訝しくなる代物がビニール袋に入っている。学生たちを部屋に集めて調査道具を仕分けしながら、屋外に持ち出していった。おあつらえむきに、ガイドは約束の時刻になってもホテルにあらわれない。あとで分かったことだが、ガイドの朝遅刻は常態化していた。おそらく費用をカットするために、宿舎を手配せず、ティンプーの自宅から通っていたのだろう。その時間を使って、調査道具を整理したのだが、荷物は多いが足りないものもある。たとえば、画板を容れるバッグ。B4の画板だけがバラバラにあり、それを納める袋がないのはまずい。調査前にパロの町で安価なバッグを買うことにした。
 この日は、昨年遠目に眺めた2つの山寺(崖寺というべきか?)を調査することにした。パロからティンプーへ向かう車道から視野に納まる山上寺院で、ゾンドラカとともに、出国前からどうしても調査したいと思っていた。


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タグツォガン寺

 ブータンを旅する旅客がパロ空港着陸後最初に訪れる景勝地である。車道に沿う渓流に屋根付きの吊り橋が架かっていて、寺と橋を含む風景に圧倒される。タグ(tag)は「馬」、ツォ(cho)は「草」、ガン(gang)は「丘」を意味する。谷の向こうにみえる集落の人々が馬の放牧地にしていた小高い丘に境内がある。
 昨年わたしは橋の手前まで行って写真を撮影したが、橋を渡ることはなかった。時差呆けし睡眠時間の足りない初日のふらふら状態ではなかなか橋を渡って寺まで登ろうという気力が湧かない。ガイドも初日は旅客に無理をさせてはいけないと思っているから、だいたい橋の手前でUターンすることになる。今回はもちろん橋を渡った。スチールワイヤーの吊り橋である。橋は揺れるし、下をみると早瀬に呑み込まれそうになる。高所恐怖症の白帯はどうなるのか、と心配したが、案外しっかりした足取りで驚いた。もっとも怖がっていたのはわたしかもしれない。


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 橋を渡ると小さなブータン式チョルテンが鎮座し、斜面をあがると国樹イトスギが1本そびえ立っている。その向こうにラカン(本堂)が建つ。寺の歴史は14世紀に遡る。チベット仏教赤帽子派(ドゥルク・カギュ派)の高僧タントンゲルポがブータンで開山した二寺のうちの一つ。11世紀から14世紀ころまでブータンにはチベット仏教諸派が五月雨式に南下し、布教を競った。どの寺でもそうだが、その時期にラカンはなかったと伝承されている。14世紀ころまで、寺に大きな建築物は存在せず、ただ瞑想修行をおこなう聖域であった。その場所は絶壁のくぼみや岩陰であったのだろうが、掛屋が存在したのかどうかは分かっていない。タクツォガンでも14世紀にラカンはなかった。しかし、橋はあったのだという。ワイヤーロープ式の橋をタントンゲルポが造った。その橋が修繕されながら、今まで存続しているのだとガイドは説明した。
 ラカンが建立されるのは17世紀からである。17世紀に赤帽子派がブータンの国境となり、勢いラカンの建立が進んだのだ。ただし、火災や地震などの影響で何度も改修・改築・建て替えをおこなっている。これはどの山寺に行っても聞く話であり、伝承の信頼性を裏付けるべく当初らしき部材の年代測定サンプルをたくさん採取し持ち帰っている。ただし、予算が乏しい。1~2ヶ所のAMS年代を業者に委託するのが限度であろう。

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 タクツォガンを調査したかったのは、本堂から数十メートル離れた位置に瞑想の建物がみえたからである。この小堂をドラフ(draphu)という。すでに何度も述べてきたように、ドラ(dra)は「崖」を意味する。フ(phu)はちょっと複雑で訳すに難しいが、ドラフ全体で cliff space for meditation を意味するという。日本語で何と訳せばよいのか。よい案がありましたら、ご教示ください。
 ラカンやドラフには建物の壁に赤い帯が描かれている。赤帽子派の赤(実際には「丹」の色に近い)を意味するのであろう。さらに屋頂部の中心に相輪をたちあげる。これが聖なる寺院のシンボルである。タクツォガンのドラフは黒い壁に覆われている。「黒」は悪霊の象徴。黒いドラフで瞑想修行するのは、この地に跋扈する魑魅魍魎を封じ込めんがためらしい。ガイドは悪霊を negative spirit という英語で表現した。どうやらこの超自然的存在はボン教の精霊をさすらしい。仏教布教以前に存在したボン教の精霊が「悪霊」であり、その悪霊を仏教の瞑想で浄化しようとしている。わたしたちはラカンから丘を登りドラフをめざした。しかし、ドラフの手前までくると、ラカンの僧が大声で「それ以上近づくな」と指示した。みれば、ドラフの屋根に旗が立ち上がって風になびいている。瞑想修行中の人物がドラフの中にいることを示しており、俗人の干渉は許されない。


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 タクツォガンで本格的な測量がスタートした。みんなオロオロしている。幸運にも、インパルスの台座は楔で安定し、充電したタブレットにデータがダウンロードされることが確認された。GPSも、ハロン湾で使ったパソコン(OSはXP限定)連動のデータがモニターに映し出された。ただ、画面上の緯度・経度・高度は刻々変化している。どの値を使うべきか悩みどころだ。
 ケントとユートは屋根伏のスケッチを手分けして進めた。1回めの調査地なのでスケッチのスピードは遅かった。そんななかで、同行したN教授がさらさらと配置図を描いてくれた。地形・植生などを考慮した造園屋さんらしいスケッチで、おおいに助かった。学生の図面がそろうまで、N教授のスケッチを拝借し、重要なポイントを測定することができた。どのポイントを測定すべきか、わたしは逐一指示した。ベンチマーク(基準点)を移す際にはできるだけ多く重複の側点を設けるようにした。GPSの不安定さをみるにつけ、基準となるのはベンチマークではなく、重複する側点であろうと判断したのである。
 思いの外時間のかかる調査になったが、とりあえず一つの寺院で配置図を測量し、放射性炭素年代測定のサンプルを採取したことで、安堵の気持ちが生まれた。しかし、それは教師のみの安堵であり、学生たちは依然不安を抱えたままだったろう。(続)


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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