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満員御礼-三徳山シンポジウム

0928三徳山シンポ04


夜遊び?

 28日(土)のシンポジウムを控え、前日夕刻に三朝入りした。主賓の調査官を囲む懇親会に出席するためである。夕食会は9時ころに終わった。9時ってみなさん眠る時間じゃないよね。調査官は静かに部屋に戻られたが、他のメンバーは三朝の温泉街に繰り出した。
 さびれている。灯りのついている店が極端に少ない。三朝の名物であったヌード劇場と泡ランドもすでに廃業している。導かれるまま「射的場」に向かった。おもちゃのライフルで人形を倒すだけの遊びだが、これが結構おもしろい。数名夢中になって人形を打ち倒し、コインが30個ばかりたまった。ピンクの人形をゲット。タオルケット兼用の優れものである。セッつぁんにプレゼントしようということで一同合意。
 それからスナックを探した。いま温泉街には2~3軒しかないらしい。そのうちの一軒に入って雑談していたのだが、あきてきたので、カウンターに一人移動して「ふたり」と「酔って候」を歌ったところで、県内の重鎮2名が「帰ろう」と腰をあげ、わたしは「おれ残るから」と拒んだのだが、「シンポの準備があるでしょ、コメント用のパワポ作ってください」と命じられ、ほとんど拉致状態で旅館に連れ戻された。まだ11時なんだ。こんなに早く床に就くことなんて、この10年ばかりの人生ではないことであり、とても眠れないので、じつはこっそり旅館を抜けだし、川縁や路地裏を歩いた。路地の雰囲気はとても良い。この町はだれかの卒業論文になるかもしれない。そんなことを考えていた。


0928三徳山シンポ06正善院01圧縮 0928三徳山シンポ06正善院02


正善院

 シンポ当日(28日)の午前、火災で焼失した三仏寺正善院の発掘現場を関係者全員で視察した。やっかいな現場である。シンポジウムでも述べたが、国指定史跡のなかの「復元」建物として再建する場合、相当な時間を要するであろう。できるだけ早く復興したいという気持ちも理解できないわけではないが、国民の血税を投じての復元なのだから、慎重な姿勢で臨まなければならないだろう。
 わたしはシンポジウムのコメンテータだが、パワポを用意していなかった。今回の自分の立場は刺身のツマのようなものであり、脇役に徹するためには発表資料などないほうがよいだろうと考えていたからだ。しかし、司会者はパワポをつよく要望する。鳥取市民大学講座のパワポを圧縮し、ブータンのデジカメデータをくっつけた。会場は110名の観客で埋まっていた。本来ならもっと多くの文化財関係者がはせ参じていただろう。28日は文化イベントが4つも重なり合う週末で、青谷上寺地シンポ、池田家墓所灯籠会?に加えて、倉吉市制60周年記念講座で助教のスギボーが講演していた。ASLABの学生は半数が三朝、半数が倉吉に分かれて講演会をサポートした。


2013年9月29日日本海新聞02圧縮
↑日本海新聞2013年9月29日



0928三徳山シンポ03 0928三徳山シンポ02


シンポジウム

 調査官の演題と目次は以下のとおり。

  三徳山・三朝町の文化遺産を次世代へと伝えるために

   1 最近、記載された世界遺産
   2 富士山の記載とその課題
   3 平泉の記載とその課題【この部分、ほぼ割愛】
   4 三徳山・三朝町の文化遺産

 あいかわらず、マイルドな語り口でわかりやすいお話であった。対談に移行して、司会者がいきなり奈文研の同僚だった二人の「他者紹介」を依頼され、冷や汗がでた。品行方正な先輩である調査官のほうは問題ないが、わたしは叩けば埃のでる身であり、何を言われるかヒヤヒヤしたが、果たして「昨夜の夜遊びが云々」という流れになる始末。ただカラオケを2曲歌っただけですからね。それも、翌日に控えていた六弦倶楽部練習会のための練習にすぎません、ゴホン・・・
 当方のコメントの題目は「岩窟・岩陰と複合する懸造寺院-<顕著な普遍的価値>をめぐる比較研究」。2007年の世界遺産暫定リストの国内審査でカテゴリーⅡと評価された「三徳山」のうち、おもに投入堂に焦点を絞って、国内外の類例と比較検討した成果を短く披露した。要点は以下のとおり。

  1)投入堂は単純な懸造仏堂ではなく、岩窟・岩陰と複合する懸造であり、
    それは「日本の石窟寺院」と呼びうるものである。
  2)投入堂は岩窟・岩陰と複合する懸造仏堂として日本最古の建造物である。
  3)系譜的にみた場合、鳥取・島根の岩窟・岩陰仏堂は華北の石窟寺院・懸造寺院よりも
    華南に類例を認めうる(福建省甘露寺)
  4)ブータンにはdra(崖)という言葉を含む名前の山寺が多くあり、そこに岩窟・岩陰
    と複合する懸造の僧院が数多く現存する。それは瞑想窟である。
  5)鳥取は「環日本海文化交流」を進めているが、いま積極的に交流を進めるべきは
    ラオス、ミャンマー、ブータンなどである。とくに三朝町にはぜひともブータンとの
    交流を進めてほしい。

 1時間の対談はあっというまに終わった。この日は自分でも不思議なぐらい、三徳山と投入堂に高い評価を与えた。本心である。4年前、投入堂の「顕著な普遍的価値」を解明すべく調査研究に着手した際、同じようなレベルの建造物はそこそこあるだろうと思っていたが、4年後の今、投入堂こそが「日本の石窟寺院」の最古例(遺跡ではなく建造物として)であり、突出した存在であると認識するに至った。そうした成果や世界遺産登録の趨勢を踏まえつつ、他の遺産との複合としてではなく、「三徳山単独での世界遺産申請」をめざすべきであるとコメントした次第である。(続)


0928三徳山シンポ05

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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