fc2ブログ

シイタケ大収穫!

1101巨巌01


今年最後の摩尼山?

 ジオパーク・シンポジウムの前日(11月1日)、摩尼山に登りました。講演者として来鳥されているHさんをご案内するためです。昨年は毎週のように登っていた摩尼山も、「奥の院」での活動が一段落して後期は一度も登っていません。おそらく、これが今年最後の摩尼山になるだろう、と思いながら、山道を歩み続けました。いざ登っていくと、登山路は先月の台風による集中豪雨の影響で倒木が道を塞ぎ、土砂が崩れているところもありました。本格的に登山路の整備をしないかぎり、豪雨・豪雪のあとは必ずこうした事態を迎えるでしょう。われわれが設置していたサインボードも一枚落ちていましたが、おおむね健常でした。おもしろかったのは、巻尺で距離を計測したラベルがまだ雑木に張り付いていて、その日付が「11月1日」と書いてあったことです。まる1年前にインドアーズたちがラベルを書いたことに、ふと懐かしさを覚えました。


1101巨巌03


 ひさびさの登山で「奥の院」までいくだけでも足がつらかったですね。なんとか登りきると、懐かしい巨巌が視界にあらわれました。雑草はそれほど生えておらず、巨巌の迫力は相変わらずです。改めてその景観を見ると、昨年はすごい仕事をしたのだなと実感した。伐採木のスツールで休憩しているとき、ふと茶室でシイタケができたのを思い出し、「奥の院」で合掌掛けしていたホダギ(昨年伐採したスダジイS05・06)に目を移すと盛りだくさんのシイタケができているではありませんか。大きいものは茶室で採った2枚のシイタケと同じぐらいですが、全体的にもう少し小さめで、肉厚も厚く、茶室のシイタケより美味しそうです。最初は20~30枚ぐらいかと思ったのですが、全部もぎとると総数は86枚に及ぶことがわかり、仰天驚喜し、すべてのしいたけを集めてる「きのこの山」をつくりました。ができるほどだった。昨年、「奥の院」まで重たいガソリン発電機等を運んで苦労したシイタケの種駒植え付けが、1年半後の季節外れの晩秋に実を結び、望外の喜びを分かち合いました(Hさんは呆れていましたが)。しかし、残念なことに、ぼくはシイタケ(というかキノコ全般)が苦手なんです。


1101キノコ3341press02 1101シイタケ04



1101シイタケ05 20131105しいたけ205726b33


 先生のリュックから上着などを取り出し、採ったシイタケをリュックと3つのビニール袋いっぱいに詰め込みました。ぼくはリュックから取り出した赤いジャージを羽織って、シイタケいっぱいのバックとビニール袋2つを両手にもって立岩を目指しました。ぼくの姿を見て先生は似合っているといってくれましたが、うれしいような悲しいような複雑な気分でした。たくさんのシイタケを持って気付いたのですが、案外重たく山頂までの道のりを結構厳しく感じました。山頂では立岩に上がり、日本海の景色を眺めました。快晴で、遠くまで見渡せたのですが、やや靄がかっているところもあり、今回も大山は見えませんでした。


1101シイタケ06


 本堂のほうから下山後、門脇茶屋喫茶部で珈琲ブレイク。まずは龍之介に挨拶して喫茶部に入った。カウンターにせっつぁんがもっている一袋分をひろげ、「これ、みんなあげるよ」と先生はおばちゃんにおっしゃいました。シイタケは秋にもできるということを知り、おばちゃんはとても驚いていました。「奥の院」のホダギにはまだシイタケやナメコができていないものがかなりあったので、春にまたできるだろうとのことです。先生は春にできるのを楽しみにsれているのですが、「いや、12月までにもう少しできるかもしれない」と囁かれ、ぼくの顔をちらりと覗かれました。えっ、それじゃ、今回の登山が最後じゃなくなるではないですか!? (白帯)


1101シイタケ07

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
--
魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR