fc2ブログ

摩尼寺建造物の調査報告(Ⅱ)

2014摩尼寺03断面図01圧縮


2.登録候補建造物

(1)本堂
          構造形式:入母屋造桟瓦葺平屋建平入・正面千鳥破風付・向拝一間 軒唐破風銅板葺
          建築年代:万延元年(1860/棟札)

 摩尼寺の本堂は3柱間四方の内陣に奥行1間分の外陣を付加し、全体平面を梁間3柱間(7間)×桁行4柱間(5間)にした平入の天台宗本堂である。堂内の柱はいずれもケヤキ材を使用しており、尺三寸(直径約40㎝)にもなる丸柱を16本立てる。内外陣ともに中央間を2間、その両側に1間半の余間を配す。内外陣境両余間は障子戸引違、中央間には結界の框を入れて開放にしているが、二本溝敷居が残り、当初は格子戸構えであった。また長押の上部には中央間・余間ともに彫刻欄間を施し、中備には異なる意匠の蟇股を配している。
 内陣は中央間・両余間境に無目敷居を通し、床を一段床を高くして須弥壇を置き、厨子を安置する。脇仏壇は両余間の背面に造りつけ、左右に二天ずつ四天王像を奉る。厨子両脇の柱以外に内陣内部に柱はなく、30畳を1室として上に格天井を張る。虹梁は内陣では須弥壇・脇仏壇まわりにのみ飛ばし、荘厳にしつらえる。なお内陣の中央間の柱間は14.5尺(4405㎜)に対し、外陣中央間の柱間は15.5尺(4660㎜)として、後者を9寸(2枝?)ばかり広くしている。参拝の用に資するための工夫と思われるが、柱筋がずれており、これを解消するため、柱上にまわした板状の台輪で横架材を承けて荷重を柱に伝達し構造を安定させている。
 丸柱にはすべて粽があり、台輪と複合して禅宗様の匂いを漂わせている。側柱柱上の組物は正面・側面とも拳鼻付の平三斗である。中備は蟇股とするが、間口によって異なる彫刻を施す。天井は内外陣ともに格天井とする。内外陣の柱・長押・組物等は素木とし、須弥壇及び厨子等は紀州塗(漆塗)とする。側柱筋の柱間建具はすべて舞良戸で、内側に片引き障子を配する。正面入口は両折上桟唐戸の内側に4枚引違い障子とし、上部に長押を通す。側柱の外側は、正面と両側面に幅半間の切目縁をめぐらせ、擬宝珠高欄をまわし、背面には庫裡に接続する渡り廊下を設ける。小屋裏は和小屋組とし、大断面の桔木を配する。軒は二軒繋垂木とし、妻飾りは平三斗・蟇股の上に大虹梁をのせ、その上に大瓶束を立てる。
  向拝は外陣中央間2間分を1柱間とし、軒唐破風(銅板葺)を付ける。向拝柱は几帳面取角柱で切石の礎石の上に礎盤を置く。柱は装飾の濃い彫刻が全面に施された虹梁型頭貫で繋ぎ、その中備に雲龍彫物を配する。柱頭の組物は皿斗付大斗、木鼻は向拝頭貫の先端を獏鼻、海老虹梁の先端を獅子鼻とする。

2014摩尼寺02平面図01圧縮 2014摩尼寺02平面図02虹梁01圧縮
↑【左】本堂平面図 【右】虹梁・長押の分布


2014摩尼寺13昭和棟札01翻刻01圧縮 ←昭和6年修理棟札(翻刻)


 本堂の建築様式は和様をベースとし、禅宗様系の粽や台輪、大仏様系の皿斗を取り込んでいる。建築年代は寺伝に安政五年(1858)の再建といい、奈良文化財研究所(1987)の調査報告段階では、擬宝珠銘の万延元年(1860)とされていたが、このたび屋根裏で「奉上棟帝釈天堂一宇」の棟札が発見された。表面に安政七年(1860)三月、裏面に万延元年(1860)六月の年号が記されている。さらに、文久元年(1861)六月の亀腹銘、文久元年(1861)十一月の向拝柱金具銘もこのたび発見された。これらの年号を西暦と対照すると、安政七年は1860年3月17日まで、同18日から万延元年で、万延二年は1861年2月18日まで、文久元年が2月19日以降となる。ちなみに、仁王門の壁や柱には文政七年(1824)、安政二年(1855)、安政三年(1856)、文久(1861-63)の落書が残っており、本堂再建の棟札もしくは各種寄進年と非常にちかい。隠岐の焼火神社からの仁王門の移築がなされたとすれば、この時期の可能性が高いであろう。ただし、仁王門の絵様は本堂よりも古式を示し、18世紀に遡る。なお、屋根裏には昭和六年(1931)十月の「屋根大修繕」の棟札も残存している。
 摩尼寺本堂は、内陣の前方に奥行1間の外陣を配した特殊な平面をもち、柱筋をわずかにずらして、外陣の中央間を内陣よりひろくとるなど、独特の地方性を示す幕末の天台宗本堂である。棟札等により建築年代・修理年代も明らかであり、建築様式的にも19世紀中頃と認められ、向拝の頭貫や中備などの彫物に幕末期の特徴をよくあらわしており、鳥取県東部の近世社寺を評価する上で幕末期の基準資料となる貴重な建築遺産と評価できるであろう。


2014摩尼寺14万延棟札01翻刻01圧縮
↑安政七年~万延元年の棟札

2014摩尼寺10擬宝珠銘01拓本01圧縮 2014摩尼寺10擬宝珠銘02翻刻01
↑万延元年の擬宝珠銘(拓本→翻刻)

2014摩尼寺12亀腹銘01拓本01圧縮 2014摩尼寺12亀腹銘02翻刻01圧縮
↑文久元年の亀腹銘(拓本→翻刻)

2014摩尼寺11金具銘01拓本01圧縮
↑文久元年の向拝几帳面取角柱金具銘(拓本)

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
--
魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR